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16-7 襲撃

***  バンダリ村に疾駆する馬車に俺たちは乗っていた。俺とマールの他、町ギルドのオーナー、トニーに頼んで手の空いていた冒険者をかき集め、襲撃を知らせてくれたリヨン・マクレガー君を入れて、計6人。……たった6人だ。 「ぼ……僕も戻るんですかあ?」と、リヨン君は泣き言を言っている。 「当然よ。まず、出掛け時にどんな状況だったのか、詳しく教えてくれない?」 「昨日の見張り番によれば、夜更け過ぎに村の北方に明かりがちらちらと見えて、何かと思い望遠鏡で見たら魔物の群れだったそうです。魔物は夜陰に乗じて堀を越えて村の襲撃を開始しました。事前に知らせが入ったので、村の男たちにファルシオンが配られましたが、扱いに慣れておらず多くが怪我をしました。町の中心にまでなだれ込むところでしたが、その場しのぎのバリケードで主要な道を塞いでいたので明け方までは無事でした。魔物たちは防柵の山を崩すのに手間取っていましたが、非力な人々はなす術なく家の中に立て籠っていました……」 「それが出発したときの様子ね?……アレンさん、まずいわねこれは」マールはため息を吐く。 「魔物の数は?」俺は震えるリヨン君に訊いた。 「自宅の二階から通りを見ただけでも、20はいました。少なくともその4、5倍はいると思います。……この人数じゃみすみす命を落としに行くようなものですよ!」 「だからって、あなた、村人を見捨てて自分だけ助かろうってわけ?リヨン君……心配しなくて大丈夫よ。村にいる冒険者たちも戦っているはずだし、これから私たちも向かうし。ギルモアにも町の冒険者を集めてって言ってあるし、町の道場にも声をかけてきたから、遅れて救助が来ると思うわ」 「しかし、彼が出発してから往復で2時間以上はかかってるだろうし、後援もいつ来るかわからないとあっては、村は厳しいかもわからんな……」 「アレン!そんなこと言わない。トニーから各種武器を支給されてるんだから」  マールが目をやる先には、細長い長持ちが置かれていて、その中にはポールアックスやバックソード、フレイルなどの武器が収められていた。俺としては、これらの武器より長剣(ロングソード)を手にしたかったのだが、やはり高価・希少だからという理由で貸し出してくれなかった。であれば、これらの武具を使うよりは格闘の方が俺は得意だ。まあ、記憶がある中での話だから、使った覚えのない得物を前にそう思っているだけだ。  しかし、マールの説明によれば、魔物には知能を持つ者が少なからずいて、人間と同じように攻撃に有利な長物や刃物を製造し装備しているから、全身が抜き身の格闘技は危険すぎるそうだ。先日撲殺したダースリカントみたいに鋼の筋肉を鎧に、研ぎ澄まされた爪を得物にしているような単純な魔物ばかりではないということだ。  俺の体に震えが走るが、怖いわけではない。戦いを前に興奮が止まらない。武者震いだ。マールを囲むように座っている招集された冒険者たちも、じっと地面を見据えて覚悟を決めた表情をしていた。 ***  4頭馬車を全力で走らせて村の東端まで来ると、中心部から幾筋もの黒煙が上がっているのが見えた。爆発と剣戟の激しい音が聞こえる。相当の奮戦をしているようだ。  跳ね橋から村内に突入ししばらく行くと、マールが馬車から飛び降り他の者たちも次々と飛び降りる。リヨン君だけが馬車内で縮こまっていた。御者も降りてしまったのでここにいては危ないと諭されるものの、腰が抜けて動けないようだ。  それはさておき、俺たちは地面に下ろされた長持ちから各々武器を手に取った。皆、それぞれハーフソードなどの己の武器を持ってはいるが、魔物の群れや軍団などと対峙するときはそれに適した武器が必要だ。すでにメイル等の防具は着用し、室内戦闘用のダガーは腰に挿している。  俺はポールアックスを手に取ると、先端のスパイクと斧刃の鋭さを確認し、ハンマーを下に柄を握り締めて上段から振り下ろす。唸りをあげて風を切ったそれは、狙った小石を真っ二つに割った。冒険者たちと顔を見合わせると、俺達は中心街へと繰り出した。  バリケートのいくつかは破られて、広場の市場は凄惨を極めていた。売り物が道端にぶちまけられ、棚や木箱なども破壊されつくしていた。さらに、周辺の家々に侵入したのだろう、どたばたと足音が聞こえるや村人たちの悲鳴が木霊していた。  ドアから飛び出してくる村の女とそれを追いかけまわす2頭のオークを目撃して、俺は死角から飛び出しラリアットを食らわしてやった。おもちゃのドミノのようにばたりと倒れるものだから、その上に跨って二体の頭部を交互に何度も殴打すると、抵抗もなく息絶えた。 「はいはい。武器使いなさいよ~」と、マールに窘められ、土埃を払いながら立ち上がる。 「まだ2頭倒しただけなのよ。いくら格闘派だからといって、調子に乗らないで。支給品を使って効率よく排除なさい」  俺は別に格闘派という訳じゃない。ただ、至近距離に敵がいたから1.5メートルもある得物を振り回すのは得策ではないと判断しただけだ。 「わかってる。……さっきの女は?街中で逃げ惑ってたら危険だ」  俺はポールアックスを拾い上げて、マールに問いかけた。 「見失ったわ。けど、安全地帯がないのよね。まあ、中心地にいるよりは村の外側に逃げた方がいいかもしれないわね」 「馬車を着けた東部は魔物の影が無かったな。あそこならまだ助かるかもしれない。村人を見つけたら、そこに誘導しよう」 「了解。あ、危ない」  マールは俺を脇に突き飛ばすと、後方に隠れていた緑肌のオークに連続キックを食らわせた。そして、相手が狼狽している間に空高く飛びあがると強烈な跳び蹴りを食らわして、両腕に装着した鋼鉄の爪で頭部を八つ裂きにした。どさりと斃れ、血飛沫が飛び散り、土埃が舞い上がる。ふうと息を吐くと、 「別行動しましょう。言っとくけど油断は禁物よ」と言われ、二手に分かれることになった。 ***  同じ頃、村から馬車で数日ほど離れた寂れた漁村の、人気のないギルドに押しかけた人物がいた。数日前に沖合で遭難していたところを救出され、昨日意識を取り戻した男である。60歳に手が届きそうな初老のオーナーが久方ぶりの来客に目を丸くし、言葉を口にする前に男はカウンターに身を乗り出した。 「俺は、ダグラス・スティール。ある男を探している」  がなり立てたその声は、年齢よりもしわがれている。なにがしかの苦労を背負った人の声だった。髪も髭も長く伸びたままだが、身なりだけは親切な漁民が自分たちの古着を用意してやったと見えて小ぎれいだった。しかし、はだけた胸元から剛毛が飛び出しており、粗野な印象を受ける。 「人探しは」ここではないと首を振ろうとしたのを制される。 「アレン・セバスタ。ドラコで起きた連続殺戮事件の重要参考人だ」  意志の強さを表す鋭い眼光が、ギルドオーナーを射竦めた。

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