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16-12 炊き出し
***
昼の3時過ぎ頃、アレン達は村の南部で魔物達の残党を片付けていた。手負いのジェフリー君を助けたときは間一髪だったが、その後は町からの応援や周辺でクエストをしていた冒険者たちが駆け付けてくれて、人間側は勢力を盛り返した。
東部に作った安全地帯にはまだ戦える村人達を集めて守りを固め、女子供を避難させて怪我人を介抱している。合流したマールは額の汗を拭いながらアレンに話しかけた。
「ふう。片付いてきたわね」
「ああ」アレンは浮かない顔をしている。
「アレンさん。休んできたら?あたし皆にも声かけてくるから。炊き出し、やってるはずよ」
「……ええ!」
何のことやらと一瞬呆けたが、すぐに顔を赤らめる。
「お腹空いたんでしょう?腹の虫もそうだけど、顔に出るからわかりやすいわ。腹が減っては戦が出来ぬって言うじゃない。ま、もうほとんど終わってるから、先に食べてきちゃいなさい」と、マールにくすくす笑われる。アレンは腹の音に気付かれていたことが恥ずかしかった。
村に行く馬車の中で、町の売店で慌てて買ったベーコンエッグマフィンを食べたほかはこの時間まで何も食べていない。午前中はあまり空腹を感じていなかったが、魔物を30体以上倒せば当然に腹が減る。
マールは女だからか、冒険者たちの体調を気遣ったり細かいところまで気配りしてくれる。ギルドオーナーとしては優秀だろう。アレンはマールに礼を言うと、いそいそと東部の安全地帯へと向かった。
そこでは村人たちが大勢集まっていた。皆、悄然とし疲れ切った顔をしている。それもそうだろう、身一つで逃げてきて、家も財産も失ってしまった人もいるとのことだった。悲しみに暮れる人々を慰めようもない。命が助かったことだけでも感謝しなくては。
広場の隅では大鍋が火にかけられていて、長い列が出来ていた。コンソメの良い匂いがする。鍋を覗くと、大振りのジャガイモやニンジン、キャベツなどが大量に投下されたスープが湯気をたてていた。アレンは鼻をひくつかせ、ほっとして目を閉じた。
「あ!勇者のアレンだ」と、鍋をかき混ぜている中年の男と目が合う。
「……え、あ、八百屋の」たしかペリグルの旦那だ。カミュがいつも買い物でお世話になっている八百屋の小煩い親父だ。
「あんた!よくやったよ。割り込みはいけねーけど、あんたは別だ。皆の分はちゃんとあるし、先によそってやるよ」
「「どーぞどーぞ」」と、気前のいい店主の声に、並んでいた村人たちが列を譲ってくれた。
「ありがとう、勇者様」「あなたのおかげで助かったわ」「うちの家族、みんな無事なの」
など、感謝の言葉をかけられると、アレンは嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を俯いてしまった。
「マール殿の見込み通りだな」と、ペリグルは木の器に具沢山のスープを大盛りでよそってくれた。
確かに、二週間前マールがギルドに勧誘しなかったら、アレンは武器を手にしていなかった。木こりとしてカミュと村に買い出しに来たところで村の襲撃にようやく気付き、巻き込まれていたことだろう。
「……奥さんは?」
あの、いつも旦那を尻に敷いている大柄で態度もでかい女の姿が見えない。
「ああ。うちのかみさんは、ゴブリンとやりあってね。3匹も倒したんだが、……腰を痛めちまってな。今、救護を受けてるんだ」
「大丈夫なのか?」
「平気、平気。湿布貼って安静にしてりゃ治るよ。しかし、かみさんもあんたに劣らず凄かったんだぜ?フライパンをぶん回してよお。寄る年波には勝てずぎっくり腰だが、20歳若かったら、あんたと互角に戦えたよ!!」旦那に肩をがしがし叩かれて、アレンは苦笑する。
「そうか……。お代は?」
「そんなの要らないよ。こんな状態で、誰が払えるって言うんだい。このスープに入ってるやつも魔物どもにひっくり返されて道端に落ちて傷んだ野菜達だ。構わず食べてくれやい。あ、あとな、向こうでライスも配ってるから、そっちも一緒に食べてくれ」
親父の手の先を見ると、大きな釜から椀にご飯をよそっている見慣れない姿の男が複数人いた。皆丸坊主で、肩から斜め掛けの衣を纏っており、手首に数珠が掛かっている。異国の僧のようだ。そこには列というよりは、物珍しそうな顔で周りを囲む子供たちがいた。
「米か……」
食べたことはあるが、どこに並べばときょろきょろしていると、俺の隣にパン屋のおじさんがやってきた。
「すまんなあ。うちの店、燃やされてしまって。妻子と命からがら逃げてきたんだ。小麦もなければ、パンを焼くことも出来んのだ。そこに来てくれたのが、この方たちだ。タジールで東方の教えを広めている僧侶さんだそうだが、一早く村の事態を察知して食糧を持ってきてくださったのだ」
「おや。あなたの活躍はお聞きしています」と、優しそうな垂れ目顔の僧に話しかけられると、器に盛られたご飯を手渡された。
「あなたたちはどこで襲撃の情報を聞いたのだ?」アレンは訝しんで訊く。
「タジールの道場からですよ。道場の師匠とうちの教団のお師様は懇意な仲でしてね。道場の方々が武具を手に出立したとお聞きしましたので、こちらも何か手伝えることはないかと動いた次第です。ご飯やお水だけでなく、信者たちのお布施の毛布や衣類などもご用意させていただきました」
——そうか。マールが道場に援助を依頼したから、こうして人づてに聞いた者たちが駆けつけてくれているのか。
昨日まではアレンの実力を測るために道場に半ば喧嘩を売りにいった形だった。それが、道場主に城下町での仕事を紹介してもらったり、村の襲撃に際し後援を送ってくれたり、親切にしてもらっている。これがマールの人望や機転のおかげなのか判断は難しいが、アレンは人々の助け合いの輪を感じて、感謝の気持ちが湧き心強く思った。
「皆さんにお配りしていますから、どうぞ遠慮せずに召し上がってくださいね」
受け取った二つの器を手に、焚火の方へと歩いていく。そこには丸太や藁の座敷が並んでいて、食事中の冒険者達が数名陣取っていた。
「おう、お疲れ。イーグル殿」戦いの中で見知った冒険者が和気藹々と声をかけてくる。
「お疲れ様。お互い頑張ったな」アレンも相手と自分自身に労いの言葉をかける。
「いやあ、あんたほど熱戦した男はいないよ。やっぱり騎士様は違うな」
「俺が騎士?」
中まで火の通ったじゃがいもを頬張って火傷しそうになりながら、アレンは怪訝そうに片方の眉を吊り上げた。話を聞いている冒険者たちは、皆異口同音に首肯する。
「騎士だろ?体格からしてそうだが、武器も扱いなれている。あんた得物が壊れるたびにとっかえ引っ返して、そつなく使っていただろ。ありゃ、幼少から英才教育を受けてないと使いこなせないぜ」
「そういうものなのか?」はふはふしながら、子どもが「勇者様に」と持ってきてくれた冷たい水を飲み干す。
「ああ、俺は騎士の一門に奉公に出ていたことがあってな。そこで彼らの強さに憧れて、騎士様の戦い方を見よう見まねで習得したんだが、それでも始めた時期が15、6の頃と遅いからな、2、3の得物しか扱えねえもの。あんたは、やっぱり違うよ」
「ギルドに登録する冒険者って、戦士や武闘家の一族みたいな戦闘のプロより、一般出の人間が多いんだ。けど、あんたは違うよな。てか、あんた自分が騎士だって自覚ないのかい?」
「ああ……」そこでアレンは、誰に対してもそうするように、記憶を失った2年前からここまでの経緯を簡単に説明したのだった。
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