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16-13 閑談と急襲
***
皆と食事をしながら、これまでの経緯を淡々と話していると、冒険者の一人に唐突に指をさされた。ニ十歳前後の童顔の青年だった。
「あの、さっきから気になってたんですが、お腹どうかされたんですか?」
「え……ああ……」憚らない質問だ。空気が読めないのは若気の至りという奴か。
回答に困っていると、近くで遊んでいた男児達が、同じように指をさして、
「男の妊婦だー!」と、囃し立てたため、一瞬にして雰囲気が変わる。
「こら!!やめなさい!勇者様になんてことを!!」と、母親がすごい剣幕で男児達を押さえつけて、視界から逃げ去ってしまった。そこまでしなくてもとは思うが、下腹部の膨らみはある程度周りにも知られてしまっているようだった。沈黙とともに皆の視線が注がれる。
「おーし!!飯も食ったし、連れションすっかー」と、主な話し相手だった冒険者が、アレンの肩を叩いて立ち上がらせた。アレンはこの微妙な空気に戸惑いつつも、瓦礫と化した壁の裏へと連れていかれた。
「俺も……まあ気になってたんだよね。腰巻までして隠そうとしている異様な膨らみ。笑いやしねえから、ちょっと見せてみな。俺も小便するし」ズボンを脱ぐと、男は口笛を吹きながら用を足し始めた。
「……ああ。俺も」今まで忘れていた尿意がふと湧き上がり、アレンも並んでズボンを下げる。男が横目にそれを見て、口をあんぐりと開けた。
「あんた、でかっ。って、大丈夫かそれ?水道屋呼ぶレベルだぞ?」
ペニスの根元をタオルの端切れできつく縛っていたため、若干うっ血していたが、解いたとたんに瓦礫の山をなんのそのと白い水流が越えていく。これでは、向こうにいる人々に「なんだあれは?」と見られてしまう。俺は慌てて放物線を遮蔽するように手をかざした。勢いのついた白濁は手のひらに跳ね返り、地面にどぼどぼと落ちていく。汚いがこうするしかない。
冗談にもほどがあるが、なす術ないこの状態に自分でも絶望の笑いが込み上がる。隣の小便男も腹を抱えて笑いが止まらなくなったらしく、自分の小便で足元を汚していた。はーっ、はーっ、と息を整えて、深呼吸までする始末である。
「いや、すまん。笑って悪かった」謝っているが、顔はにやけている。
「いいんだ。……俺でも笑いたくなるから、仕方ない」アレンも困り顔だが、口元はにやけていた。
「いつからこうなったんだい?」
「朝からこうだ。でも、昨晩からいつもと様子が違った」
「きのう?」
「ああ、盛りがついた感じで……いくら出しても、終わりが見えなかった」
「誰かと寝たのか?」
「ああ……」
「やりすぎたのか?」
「……」カミュのげんなりとした表情を思い出すと、アレンはため息を吐いた。
「うーむ。俺、聞いたことあるな」
「え?」
「……こういう症状になった知り合いがいる」
「本当か?」アレンは目を丸くして、男に近寄った。吐精が男の足にかかり露骨に嫌そうな顔をされて、悪いと後退りしたが、彼は顎をしゃくりながら言った。
「薬だな。ああ、催淫剤 だ。いわゆる媚薬 ってやつだなあ。一杯盛られたな」
「媚薬?」
「大方、相手に盛られたんだろ。まあ、どういう意図でやったのかは知らんが。俺が知っている例だと、不倫相手が愛の冷めた相手に薬を盛って~とか、そういう話だが……。誰かに根に持たれているのかね?絆された女は怖いぜ~」
——カミュが俺に薬を盛ったってことか?どうして?
不可解な疑問が湧きおこったが、それよりまず大事なことを聞かねばなるまい。
「これ、治るのか?」
「ああ。薬が切れれば治るな。まあ、薬の種類と分量にもよると思うが、一週間も経てば自然治癒するはずだ」
「い……い……一週間、このままなのか!?」アレンは目を剥いて男を見た。
「それは、薬の強さとその人の薬の効き具合によるよ。早ければ、半日程度で治るかもわからんが、あんたの場合もう一日くらいはその調子なんだろ」
「うう……」
「まあ、とりあえず収めろよ。さっきみたいに縛っておけば、マシなんだろ?あと、水分や栄養分が体から抜けていくから、いつも以上に補給した方がいいぞ」
「……わかった」鬱々とした表情でアレンは布切れを縛りなおすと、ズボンを上げ腰巻で固定した。
「ま、あんたも人間なんだな。それがわかって良かったよ。俺はジーク・ウェイン。冒険者の端くれだ。村の復興のために、俺達が出来ることを協力してやっていこうぜ」と、拳を振り上げたので、白濁で汚れていない方の手でハイタッチをした。
「だけど、女には優しくしてやれよ」とは言われたが。
戻りかけたちょうどその時、広場の方で喚声が聞こえた。
「広場に魔物が侵入してきたぞ!!」村人たちの叫び声で、アレンとジークは走り出す。
焚火の前には、大柄の青みがかった熊が3体唸り声を発していた。
「ダースリカント……」
——なんでここに?魔物は始末したはず。
しかも、以前ダンケル爺さんのところで倒したダースリカントよりも一回り大きく、成人男性の2倍くらいの巨体をしている。こんな大きな代物が、今までの掃討で目撃されなかったはずがない。とすれば、皆が休んで気を許している間に侵入したということである。3体の熊の鋭い爪には血糊がべっとりとこびりついていた。
村人の男たちは戦えない者たちの避難誘導をし、冒険者たちは3体を取り囲んでいた。その数20人以上。しかし、あまりに包囲が過ぎると、味方同士で傷つけあうことになりかねない。それに、突然のことで徒手の者もいた。これでは戦力にならない。
「ジーク。あんたは結構腕が立つようだが、実力のあるものは他にいるか?」
地面に置いていた片手剣を素早く取り上げると、鞘から引き抜いて問う。
「何人あげればいい?」
「俺は一体相手をするから。あんたは誰かと組んで戦ってほしい」
「実力のあるものか。レディ・キルトンくらいしか思い当たらないが」
「私ならここにいるわよ」ハーフソードと円盾 を手にしたマールが名乗り出て、一帯に聞こえる声で叫んだ。
「腕に自信のあるものは残って!あたしたちが相手をしている間に、他の冒険者はあそこに並べてある長槍を持ってきなさい。集団で倒すのよ」
若手の冒険者たちは一目散に焚火の反対側に行き、長槍を取りに行く。熊たちはそれを追いかけようとするが、アレンを含めた数人の手練れが行く手を阻んだ。
ダースリカントはお互いに顔を見合わせるものの、獣のように唸るばかりで到底知性は感じられない。だが、戦闘能力は格段に高いので油断してはならない。俺たちは距離を詰めて、奴らの攻撃に反撃するべく待ち構えた。
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