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16-14 悲しき犠牲

 魔物の掃討が終わり避難所で和んでいる最中に起こったダースリカントの襲撃は、村人達を恐慌に陥れた。しかし、冒険者たちの連携は目を見張るものがあった。  はじめに、マールは未熟な若手冒険者たちに長槍を取りに行かせ、戦いに熟達した6名で大熊を取り囲んだ。威嚇をしつつ相手のリーチを目測し、こちらから攻撃するでもなく反撃に備える。3体が同時に仕掛けてきたとしても、一頭につき二人がかりで、つまり一つの腕を一人が相手をすることになる。これなら頭数が足りるだろうとの判断だ。  熊は果たして息を揃えて対峙している者たちに踏み込んできた。しかし、両の爪をそれぞれが円盾などで受け止めたり、剣で受け流して次の攻撃として切りつけたりした。出血に驚き身を引く一体に対しても、深くは追い込まない。長槍の取り巻きが加勢するまでは、奴らの牙や爪が非力な村人たちに及ばないよう防衛線を張らなければならないのだ。  タジールの道場から支援物資として送られた長槍を皆が担いで持ってきて、魔物を取り囲む。6人の精鋭は後退して、後は長槍の部隊に任せて見守った。マールが剛毅果敢に合図を叫ぶと、若者たちは鬨の声をあげて、長槍を魔物めがけて突き刺した。  ダースリカントは断末魔の叫びを発して、それぞれが体に刺さった数本の長槍をへし折った。しかし、数の暴力には敵わず、貫かれ引き抜かれた刃創から幾本もの血が噴き出し、膝を折った。そこに畳みかけるように、頭部に狙いをつけて得物が振り下ろされる。叩き割られた頭部から夥しい血液とともに脳漿が飛び散って、戦いなれぬ新手の冒険者たちは「ひっ」と悲鳴をあげた。  アレンもとどめを刺すところは目を逸らしていた。一対一で正々堂々戦った末の勝利ならまだしも、人海戦術による一方的な殺生は彼の好むところではなかった。  戦いが終わると、若き勇者たちは今までの戦慄状態とは打って変わったようににこやかにハイタッチなどして、大熊の骸を槍でつついたり、肝の値打ちなどについて笑いながら言いあったりして、再び穏やかなムードになりつつあった。マールも手を叩いて、よくやったわと労いの声をかけ、避難していた村人たちも魔物に群がってきた。  アレンは険しい顔をしてマールに訊いた。 「こいつら、どこからやってきたんだ?」 「あっちの方からバリケードを破壊してやって来たようよ……」マールもすっと遠方を見やる。北の方角だ。 「村人は皆、避難できているのか?北には誰もいなかったのか?」  アレンの不安は的中した。いくらも経たないうちに、見回りに出かけた冒険者の慌てふためく声が聞こえ、数人で駆けつけると往来に村人が複数斃れていた。俯せだが、皆背中が惨たらしく切り裂かれている。逃げている時に背後を襲われたのだろう。  う……と、アレンは呻きそうになったが、周りを見て声を飲み込んだ。皆、泣きそうな悲しい顔をしている。オークどもとの戦いで、すでに十数人が命を落としたと聞いていた。しかし、東部の安全地帯から北へと続く往来に、目に入るだけでも数人の死体が転がっている。 「魔物の群れは、北方からやってきたと言っていたな」 「ええ……」マールも不安を隠しきれない。知り合いの無残な遺体を見つけて、手が震えていた。 「ダースリカント……。奴らだけオークやゴブリンどもとは違って、尋常でない気配を感じたんだ」 「……アレン。北って、もしかして……」 「ああ……」隠しきれない胸騒ぎが声を掠れさせた。思い過ごしであってくれればいいが。 *** 「なんてことだ……」  馬車で近づくにつれ悪夢が現実のものとなるのがわかった。村の北方5キロほど先の森の中から煙が上がっていた。以前に、といってもまだ一週間と経っていないが、アレンが熊退治の依頼を受けてダースリカントを仕留めた、ダンケル老人の小屋に相違なかった。煙は一筋、火の勢いが衰えているのだろう。すでに襲撃を受けた後なのだ。  事実を知るのが怖い、そう思っているのはアレンだけではなかった。この馬車には、若手の冒険者が数名乗っている。魔物の残党がいた場合の戦力だが、その心配はなかった。  小屋は焼け落ちて、黒い柱が数本傾いて立っているほかは、煤けた瓦礫が散乱していた。小屋の前には黒焦げの死体が一つあり、背格好からダンケル老人とわかった。火をつける前に首を飛ばされたのだろう。頭は玄関口に転がっていた。皆がしゃがみ込み手を合わせた。 「エリーは?」  以前話した時は、娘のエリーは村で針子の仕事をしていると聞いたが、村の避難所にはいなかった。小屋の中は屋根が崩落して、煙がくすぶり入っていける状態ではない。だが、その下にエリーがいたらと思うとアレンは顔を歪めた。頭がずきずきする。 「娘さんがここにいるかもしれないんですか?」町の冒険者が訊ねる。 「わからない……。手分けして探そう」  皆が名前を呼びながら、瓦礫の山をスコップで取り除く。まだ熱いそれらは素手で触ると火傷をするので、軍手をしているが、体中が汗ばみ顔は煤で黒くなり骨の折れる作業だった。しかし、皆根を上げることなく、黙々と解体していく。 「……だ……だれ……か」  ガラガラと屋根瓦をもっこに積んで外に運んでいると、掠れた声が聞こえた。アレンは顔を上げて、声のした方をに目をやった。すると、少し離れた茂みの下に洋服の裾が見えている。 「……エ……エリー?」  駆け寄ると、エリーは俯せで体を丸めていた。アレンは抱き起して、エリーの顔を見た。顔は煤けて黒く、緩やかなウェーブを作っていた茶髪は焼けて散り散りになっていた。だが、面影はある。乾いた唇を見て、アレンはすぐさま自分が脇にかけていた水筒を飲ませようとした。が、視線が移り、手が止まる。 「……エリー……」  正面からダースリカントの爪を受けたのだろう。花柄のワンピースは縦に切り刻まれ、体がぱっくりと割かれていた。この状態で息があるのが奇跡というくらいに出血も甚だしい。 「ア……アレ……ンさん……」  出血多量で目も見えないのだろう。声で推し量ると、俺の胸に手を伸ばしてきた。その手にはスカーフが握られていた。 「き、来て……くださったん……です……ね」 「ああ……」  血塗れのスカーフとその手に俺は手を重ねた。 「この……まま、ど……なたにもあえ……ず、死んで……しまうかとおも……いました」 「エリー!!」  アレンが叫ぶと、小屋の中から数人出てくる足音がした。 「……よかった。アレン……さんに……また……会えて」 「……。助けが遅れてすまない。傷の手当てを」  アレンは掠れた声で言おうとしたが、その先が言葉にならない。 「いいの……で…す。お水……を…」  震える手で水筒を開けて、コップに注ぐと、エリーの口元に持っていく。一緒に来ていた者たちも帽子や捩り鉢巻きなどを脱いで胸に手を当てていた。 「あり……がとう。さいごに……あえて……よか……た」  エリーは水を口に含んで喉を潤すと、口元に笑みを浮かべて息を引き取った。

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