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17-1 三者面談

 翌日、まだ夜が明けきらないうちに、俺は村を出た。朝食は町で取るつもりだ。  マールには馬車の他、武器や金も借りた。世話になりっぱなしだが、彼女が言うには村の被害を最小限に抑えられたのは俺のお陰だから、借りは順調に返せているそうだ。今回の魔物掃討は当然ながらクエストではなく報酬も提示されていない。そのため、見返りや一部相殺を期待してはいなかった。だが、借りを多く作ってしまっている中で、あのように言ってくれるのはありがたい。  彼女の手のうちで上手く転がされている感は否めないが、自分も彼女を利用し、もっと活躍して出世をすれば、収入も安定しカミュにも苦労を掛けずに済む。木こりの仕事は早々にやめて冒険者として難易度と報酬の高いクエストを受けるようにすれば、村や町で生活できるだろう。  または、タジールの道場主が勧めてくれたように城下町の道場で師範をする生活でもいい。城下町には他にも仕事がある。例えば、城の衛兵や公共施設の警備兵などには戦士が採用されている。それは普段は飾り物のような存在だが入隊条件は厳しく、身長の下限に加え、鍛え抜かれた体格と整った容貌、基礎体力と生まれ持った運動神経や武術に関する高い素質が求められている。人気職なだけあり、端麗な衣装を纏い、絢爛な武具や防具も支給され、俸給もなかなか良い。  もしくは、城下町ギルドの冒険者として、クエストの報酬で生活するでもいい。城下町ギルドは地方で解決できなかった困難なクエストが集まってくることで知られており、期待に応えられる冒険者は一握りだという。ときに、魔術等の技能が必要なクエストもあり、対人戦の為に組織された魔法戦士が、小遣い稼ぎで隠れてクエストを受けたりもするのだという。  俺は道場主に城下町ギルドを本拠地とした冒険者として通用するかを訊いた。彼は俺の目を見つめて、「実力はあるが、あんたは人に教える仕事の方が向いている」と言われた。どういうことかまでは聞かなかったが、マールも彼と同じような笑みを浮かべて得心したように頷いていた。 ***  町に着くと、俺は一昨日宿泊したホテルに向かった。カミュが戻ってきているかもしれないと思ったからだ。しかし、ホテルでは派手にやらかしたので俺は入るのを躊躇した。家具や調度品の損壊については、マールの持ち合わせで補えなかったためツケになっていた。俺もその分の金は持っていない。  悲鳴を上げさせたボーイに戸外でばったり出くわすと、目を剥いて逃げようとしたのでとっ捕まえて口を塞いだ。昨日の失態を謝り、弁償はマールがすると再度説いて、カミュが戻ってきていないか訊ねた。金髪の少年というと、ああと思い出したように目を瞬いたが、お戻りになっていないと丁寧に答えた。出て行ったのも見ていないか?と訊いたが、夜間はワンオペで席を外していることもあるため、夜更けの外出までは関知していないという。そして、あろうことか次のことを言った。 「そういえば、昨日の午後、ある男性がおそらく同じ少年を探しにこちらにいらっしゃいましたよ」 「ええ?……どんな男だ?」 「え……と、名前までは憶えておりませんが、長いお髭をぴんと生やした……」  ボーイは鼻の下を両手の指で外へ向けてくいっとはじくような仕草をした。  ——また、あいつか。しかも、探しにきたってことは、一緒に行動していたわけではないのか。  ノルマンのカミュに対する馴れ馴れしさも鼻につくが、別行動をしているとなると、また別の不安がよぎった。カミュは今一体どこで何をしているのか?生意気で小賢しいところのある奴だが、まだ子供だ。夜道なんぞに飛び出して行って、悪い大人たちに捕まってはいないだろうか。脳裏をかすめる嫌な予感を振り払うと、俺はボーイに僅かばかりのチップを与えて、往来に出た。 ***  俺は再び馬車に乗り東方へと向かった。カミュが俺たちの話を聞いて、何かをしようとしたならば、行く当ては限られている。美術館へ向かうと、昨日の事件の為か「期日未定の閉館」と看板が出ていた。そんなことは言ってられないので、俺は玄関口の重々しいガラス戸を叩いた。 「ああ、あなたですか」  後ろから声をかけられて驚いて振り向くと、白髪交じりの小柄な男性がパイプをくゆらせながら立っていた。見覚えがあるはず、昨朝の記者会見に応じたモリス氏だった。 「アレン・イーグルさんですね。お待ちしてました。裏からお入りください」と、促されて敷地をぐるりと回り、彼の自宅へと案内される。  応接室に入ると、そこには忌々しく思わずにはおれないあの男が、涼しそうな顔をして紅茶を飲んでいた。俺を見て、立ち上がり軽く会釈する。 「……ノルマン……」 「名を憶えていてくださって光栄です。アレンさん……」 「ここに来た用件はわかってるだろうな」 「ええ。私もその件でモリス氏と相談しておりましたので。腰かけてください」 「カミュはどこにいる??」俺は応じずに、立ったまま問うた。 「まあまあ。慌てないで」 「あんたたちがカミュを巻き込んだんじゃないのか?」  雰囲気からここにはいないとわかり、俺は激昂した。 「それは違いますよ。アレンさん」ノルマンは腕を組み、不遜な感じで意見した。 「うちもカミュ君に頼まれて、少しばかり手助けしただけです。あなたがここに来たということは、村にも戻ってなかったってことですね。まあ、村は襲撃があったことですし、可能性は低いと思ってましたが」と、彼は考え込んだ風に顎をさすると、モリス氏を見やる。 「王宮に申し出た方がいいのではないか?」モリス氏は淡々と言った。 「王宮?」俺は目を顰める。 「いや。それは早いわ。彼の望まない結果になるのはよくない……」 「あくまでもそこは尊重するんだな」 「何のことを言ってるんだ?」  意味が分からず、俺は机を叩いた。二人は目配せして会話をやめた。ノルマンは紅茶を口に含むと、ほうとため息を吐いた。

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