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17-2 髪の毛

「うちらじゃ解決できないのよ。アレンさん。正直に言うわ。うちはカミュ君に助けを請われて、ちょっと手伝っただけ。モリスは犯行予告されていた絵をうちの絵とすり替えたってだけよ」 「カミュと最後に会ったのはいつだ?」 「昨日の午前3時過ぎ頃ね。隣の塔で落ち合ったの。モリスが会見をしたところ。すり替えた絵を盗んだ犯人の追跡のため、私たちは3人あそこに集まったわ」 「犯人の追跡?なんでカミュがそんなことをしなくてはならない?」  ようやくソファーに座り込んだ俺は身を乗り出して、強硬に訊いた。 「さあ?それはこっちが知りたいわ」 「あの絵だから?」モリス氏が割って入る。 「絵のせいじゃないでしょうね。カミュ君はそれが何の絵か知る前から、うちに依頼に来たから」 「そんなにそのワルキューレとかいう絵は、カミュにそっくりなのか?」  マールも言っていたが、カミュに瓜二つの絵だったならば、俺もあの日に見るべきだったのではないか? 「今ここにあるわよ。見る?」と、応接室の隅にあった額を二人がかりで抱えてくると、ノルマンは上にかかっていた敷布をさっと取り払った。 「これが……」  驚きに口が開いたままであるのも気付かずに、俺はその絵を見入っていた。言われるまでもなく、カミュの顔をそのまま写したような肖像画だった。風に靡く金髪の光沢、榛色の瞳の光を映じて揺らぐ色の変化、一枚の静止画にこれほど時の流れを感じさせるような情報を詰め込むことが出来るだろうか、と思うほど、息をのむような絵だった。これを描いた人は何を思いながら描いたのだろう。絵にかける情熱以外にも、モデルへの思慕を十分に感じさせ、その迸るような思いが絵を鑑賞する全ての人に対して向けられているような気がした。 「予告状で奪われる予定だった『永遠なるワルキューレ』よ。あなたもマールさんと、この絵が盗まれないよう美術館を見張るつもりだったと聞いているわ。それも町長の鼻を明かすためにね」と、口角を若干上げながらお見通しとばかりに話すノルマンに腹が立つ。 「鼻を明かしたがっていたのはマールの方だがな……」 「その話を聞いて、カミュ君がこの事件にはあなたを関わらせたくないって言ったのが4日前かしらね」 「で、俺に変な薬を飲ませたのか」俺は出されたコーヒーを一切口に付けずに、ノルマンの顔を睨みつけた。 「え?」目を白黒させて、一気に挙動不審になるノルマンに容疑が深まる。 「カミュを唆して、変な薬を渡したのはお前だろ!お前のせいで……」俺がどんなに苦しい目に遭っているかわからないのか?人から変な目で見られるし、って今も腹の膨らみにノルマンとモリスの視線が集まっているではないか。 「し……知らないわよ。あたしはそんな……薬だなんて。ねえ、モリス。なんか言ってよ」 「やれやれ……。まあ、とにかくカミュ君のことが先決だ。ノルマンは途中まではカミュ君と追跡に同行したんだ。だが、障壁があって、カミュ君の術で一人で行くしかなかった」 「それで一人で行かせたのか?あいつはまだ子どもだぞ。危険すぎる」 「うちもそう言って止めたわよ。だけど、窃盗団が逃げてしまうと言って、術で犬を召喚して一人で行ってしまった……」 「……」  犬という単語を聞いて、ミセス・ケベックの屋敷で少年がしていたことを思い出す。レトの毛を引き抜いていたのはこのためだったのか、とアレンはため息を吐いた。どこまで想定していたのだろうか。 「でもね。行先はわからないでもないのよ」 「なんだって?」と俺は顔を上げた。 「うちら二人で追跡するのを躊躇していただけで。二人とも武闘派ではないからねえ。……ここにカミュ君の髪の毛を煎じて作った特別な液体があるの」と、懐から骨とう品のような真鍮製のインク壺を取り出した。  髪の毛という言葉を聞いて背筋に悪寒を感じた。魔術師というのは、気味の悪いことを考えついて実行に移すから、到底相いれない存在だと思う。以前カミュが犬の幻影を作り出した時もそうだったが、そういう点はいつまでたってもわかりあえないだろう。 「そ……それで、どうやってカミュを探すんだ?」  ノルマンはタジールやバンダリの描かれた一帯の地図を広げて、モリス氏から借りたペンをインキ壺に浸した。今いるタジールの上にドットを落とすと、紫色の液体がじわっと染み込んで消えてしまった。三人が見つめていると、しばらくしてタジールから北にかけて小さな紫色の染みが浮かびあがった。それは舟と櫂のような形をしていたが、途中で馬の蹄と轍の形に変わった。 「なるほど、タジールを縦断する川を舟で北に移動したのね。そして、川底の浅くなった上流で馬車に乗り換えた、ということか」ノルマンは合点がいったように体を前後に揺らした。 「つまり、それは……攫われたってことじゃないか??」俺は立ち上がり声を荒げて、ノルマンの胸倉に掴みかかった。 「そういうことになるな」モリス氏も頷く。 「まあ、まあ、落ち着いて。うちらは行先を調べているのよ。攫われたにしろ、自ら同行したにしろ、行先を特定しなきゃ……。アレンさん、落ち着いて?ね?」 「じゃあどこに行ったんだ?特定しろよ」 「足跡を見て。ここからは歩き。といっても、誰かに担がれている可能性もあるけど。ここで止まっている。タジールからさして離れてはいないわね。メレスの高原よ」 「メレスの高原?」 「ああ。やっぱり、盗賊団のアジトがあると噂されている所か。メレスの高原には要塞の廃墟があって、昔から犯罪の温床になり易いんだ」モリス氏は頭を抱えて、長息した。 「……アレンさん、落ち着いて。モリスもそう嘆かずに。いますぐ出かけましょう」

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