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*-2 若き冒険者

「若造だって?俺が?」  アレンはその巨体の腰に不満げに両手を置いて、僕の父を見下ろした。顔を強張らせ眼光鋭く凄んでいるが、父も負けじと睥睨(へいげい)する。 「あんたの息子をここに連れてきてやったんだ。感謝の言葉くらいもらいたいものだ」 「ふん。いらんことして、金をせびられても困る。息子は一人で村に来れたはずだ。そうだろ、カミュ」 「……」 「なんとか言わないか!」父が手を振り上げたので、 「ごめんなさい」と、僕は怯えて体を縮めた。  この村に来る途中、道が険しくアレンに手を引かれていたことは言えなかった。青年は父の胸ぐらをつかもうとして、隊商の男達5人がかりで引き剥がされた。 「最低の親父だな…」と、言い捨ててぺっと唾を吐くと、僕には目もくれずその場から立ち去ろうとする。  そこへ村ギルドのオーナーがやってきて、去りかけたアレンの肩を引き止めた。アレンより背は低いが肩幅は大きく、浅黒い肌にがっしりとした体躯の冒険者風の男だった。 「ああ、今戻ったか。ハキムさん、あなた方をテリュスに案内する冒険者が戻られましたよ。こちらがそのアレンだ」 「ええっ!」とアレンは顔をしかめた。父も周りも何だって、という驚愕の表情をしている。 「こいつが俺たちを案内するって?」 「こいつだなんてとんでもない。彼は一流の冒険者だよ。ドラコ大陸で指折りのクエストハンターさ。たしかに、若いくせに態度がデカいが目鞍滅法(めくらめっぽう)に強いし、それに少なくともあなた方全員の10倍の資産を持っている」 「まさか」 「冗談ではない。ギルドの口座にクエストの全報酬を預金しているからな。それだけ稼いでるってことだよ。ほら、ちゃんと紹介しよう。アレン・セバスタだ」  アレンはむっとしながら、壮年のギルドオーナーに物申そうとしたが、相手は意に介さず話を進めていく。僕は彼の苗字を聞いて、ピクリと耳をそばだてた。 「弱冠二十歳だがギルド歴は4年と長いし、この辺りの地理には精通してるから何も心配ないよ。旅の強い味方だ。報酬交渉についても親切だ。持たざる者から必要以上に毟り取ることはない。君たちも安心するといい」 「持たざる者って……」と、隊商の長は閉口して口を尖らせた。 「テリュスまで、ガラクタ持って何しに行くんだ?あんたらの商品は見たところ二束三文だ。俺の報酬なんて幾ばくか」と、アレンは挑発するように両手を掲げると鼻で笑った。 「おい。誰か見せたのか?」と、頭は怪訝な面持ちで皆を見入る。  30人ほどの小さな隊商の団員達がそれぞれの顔を覗き込んで首を横に振るとと、最後に僕に視点が集まった。 「またお前か。つまらんものを見せやがって」と、父に耳を掴まれて、平手打ちされた上に地面に頭から叩きつけられた。顔に砂がめり込んでチクチクと痛みを感じた。 「こいつが持っているのはただのガラ、いやオモチャだ。ガキどもが旅の途中で遊ぶためのな」  砂埃を吸ってしまい咳き込みながら僕は顔を上げて、アレンを見上げた。彼は凍りついたように身動きせず、顔から一切の感情をなくしていた。 「勘違いしないでほしい。俺たちもテリュスがどんな町かは知っている。ちゃんと売り物になるようなものは、大人が運んでいる。当たり前だろう。報酬については心配しなくてもいい」頭は、アレンに対し媚びたように笑顔を作る。 「ふん。俺が仕事を受けると思っているのか。ここをしけた村だの、俺のことを若造だのと散々罵った挙句に、謝りもしないで……」 「あんたが嫌なら他をあたる」と父がつっけんどんに言うと、オーナーは手で制した。 「それは無理な話だよ。冒険者で今うちの村の周辺にいるのは彼だけだ。他の者たちは、遠方のクエストに参加している。一週間後に戻っていればいい方だ」 「そんな……」 「おい、ハキム。謝れ」  頭領が冷たく命じると、親父は渋々頭を垂れてぶつぶつと謝罪の言葉を吐いた。アレンは不満げに腕組みしていたが、ギルドオーナーと目配せして言った。 「立場がわかったようだな。まあ、仕事を受けてやってもいい。しかしだ。あんたらこれから今すぐにでも発ちたいようだが、出発は明日だ」 「何だって?」 「当然だろう。こっちは二週間休みなしで魔物討伐した帰りなんだ。人食い巨大虎にマンティコアの群れ、アンピプテラ、あんた達商人の旅の危険を一掃してやったんだ。一晩くらい休みを貰ってもいいだろう?なあ、マスター?」アレンの言葉にオーナーは意味ありげに笑みを浮かべた。 「まあ、仕方ないさ。あんたがたも、このしけた村で一泊過ごしていかれるといい」と、オーナーは皮肉を言って立ち去った。 *** 「そんなわけだ。お前に恩を売ろうがなかろうが、結局案内をすることになったな。明日も皆とここに来るんだぞ。ちび助」と、アレンは僕の顔を覗き込んで笑った。  さっきの色を失い憮然とした顔ではない。尻をついて座り込んでいた僕を起こして砂を払ってくれると、優しく言った。 「額に傷が出来てるな。洗っておけよ」 「僕、ちびじゃない!」僕が気を悪くしたのも構わず、 「カミュ。じゃあな」と、にこりと笑むと踵を返してどこかへ行ってしまう。  ——ま、待って!!  もたつきながら追いかけようとするも、隊商の子どもたちに足を引っかけられてしまった。  僕より2つ3つ年上の男の子たちは、とても意地悪だ。いつも僕を転ばせたり突飛ばしたり、重いものを持たせたり、あることないこと親に言いつけたり、ときに僕を万引きさせようと脅したり、ろくでもないことを考えて僕を苦しめる。  そして極めつけは、僕が橋のたもとで拾われた捨て子で、ドブ浚いの親が育てられなくなったから今の両親に押し付けたんだと罵るのだった。  確かに僕は両親ばかりでなく隊商の人たちとは、姿がまるで似ていない。母が僕の頬をつねりあげて執拗に(なじ)るのは、僕が父と別な女の人の間に出来た子だからじゃないかと考えたこともあったが、父も僕に冷淡だったので、やはり捨て子なのかもしれないという気持ちが拭えなかった。  僕は擦り傷の出来た膝の痛みをこらえながら、彼らを無視して、アレンの後ろ姿を追いかけた。

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