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*-5 トカゲの肉

***  赤茶けた砂漠の果てしのない広さに辟易しながら、隊商は旅の一日目の昼を迎えていた。日差しが真上に来た頃に、皆の疲れも頂点に達し昼食を取ることになった。木陰を探すもどこにもそんな高木が生えていないので、仕方なしに日向に荷を下ろしていく。 「あれ?ここの水場消えたのか」アレンは、地図にバツ印を描いた。 「どういうことだ?ここにオアシスがあって休む手はずだったのか?」  僕の父は、アレンに食って掛かった。が、彼は動じなかった。 「ままあることだ。水が干上がってしまえば、オアシスは消える。ここに直近で来たのは半年前だ。乾季で日照りが続いていたから水が絶えたのだろう」 「おい。俺たちはそんなに水を持ってないんだぞ」リーダーも父に乗っかるようにして、アレンに不安をぶつけた。 「心配無用。この調子で進めばあと三日もしたら、モリールの村に着く。通過点のオアシスが無かったとしても、それぐらいの水は持ってるだろ」 「……くそっ」 「あんたが言ったみたいにテリュスへ直行するルートだと、日がかかり過ぎて水も食糧もまあまず持ちこたえられないだろうけどな。集落には必ず水場があるから、迂回が得策なのだ」アレンは自信を持ちながらそう答えて、水筒の水をぐびりと飲んだ。  彼は手慰みに僕を入れた幼い子供たちとあやとりをしていたが、火を熾して出来た料理を見るなり吐き気を催して顔を背けた。子どもたちが群がると、串焼きのトカゲが一人2本ずつ配られたが、僕には尻尾しか与えられなくて飢えと悲しさで涙が出た。アレンを見やると、彼は怪訝そうに僕に訊ねた。 「お前たちはあんなものを普段から食っているのか?」 「え……」 「焼けばなんでも食えるというが、トカゲなんてものを食うのは、俺も初めて見たな」  若い娘がアレンに串焼きを差し出したが、彼はそれを手で遠ざけて食べないと仕草した。このトカゲは箱で飼育しながら一緒に旅をし、獲物のないときや簡単な食事で済ますときに殺して食べるものだった。 「まあ、慣習の違いとしても……。カミュ……それで足りるのか?」 「……」  足りるわけがない。昨晩から何も食べさせてもらってないのだ。腹の底からぐるるると恥ずかしい虫の声が鳴り響いた。 「なんで泣いているんだ?ひもじいのか?」 「……ぅん」僕は赤面して顔を膝に埋めた。 「なら、そんなもの捨ておけよ。俺がいいもの食わしてやる」  アレンは自分のナップサックから一枚の大きな燻製肉を取り出して、小型のダガーでスライスして僕にくれた。彼が持ってきた保存のきく硬いバゲットに挟んでよく噛んで食べると、肉の旨味が舌の上に広がった。僕はそれを何十回も咀嚼して大層よく味わった後、嚥下とともに満足げに喉を鳴らした。 「アレンさん、これ……美味しい」 「だろ~。これはサヌハンで手に入れた鹿の極上の燻製肉だ。これ一枚でも相当高いんだからな。ゆっくり味わえよ」と、さらにもう二枚スライスして、バゲットに挟んでくれた。  僕は久々に腹が満たされたことが嬉しく目頭がじんじんして、喜びの笑みも涙に濡れてしまった。それを見た意地悪な子どもたちがアレンの周りに群がって、肉をねだった。アレンは、仕方ないというように、薄くスライスしたものを一枚ずつあげて、それ以上はやらなかった。それでもねだる子どもには、「お前たちはトカゲを二匹も食べて満腹だろ」と言って、僕の頭を撫ぜたものだから、きゅんとなった僕とは裏腹に、子どもたちの恨みは僕に向けられてしまった。それでも、アレンが僕の傍にいる間は、彼らは何も手出しできそうにないので安心だった。 ***  魔物に遭うことなく迎えた一日目の夕食は、流石にヤモリは出ずに干し肉一切れと萎びた野菜のスープだった。僕にも与えられたので、良かったと思いスープをすすると、口の中に入った何かが暴れだして慌てて吐き出した。  フンコロガシとわかると、周りでどよめきが起こったが、子どもたちが笑い転げていたので彼らの仕業だとわかった。だけど、それを叱る大人もおらず、僕は口を拭いながらまだ生きている虫を逃がしてやった。アレンはそれを横目で見ていたが、物憂げな顔をしたきりで何も言わなかった。  僕が残ったスープを勿体ないと飲んでいると、アレンが徐に近づいてきて、僕の手の甲に触れた。何と思ってみると、彼は手を開かせて小さな丸いものを握らせた。開くと、そこにはオリーブの実の酢漬けがあった。 「口直しだ。皆には内緒な」と、囁くように言うと、アレンの口元にも青いオリーブが見えた。 「ありがと……アレンさん」僕は特別扱いされていることが嬉しくて、また泣きそうになった。  そしてさらに時が過ぎ、就寝となると、いつもの如く僕は誰のテントにも入ることが出来なかったから、少しでも危険から遠ざかるために高い岩場を探していた。しかし、周りは砂礫ばかりで、ちっとも安全な場所が見つからないので、僕は貰ったばかりの毛布に包まって地べたに寝ようとしていた。  すると、ちょうどテントから顔を出したアレンが、僕が一人でいるのを見つけて手をこまねいた。外は危険だから、添い寝をしてくれるというのだ。物心ついたときから僕は一人寝で、今まで魔物に襲われないのが奇跡のようだったが、アレンの優しい誘いもその時の僕には奇跡のようだった。  アレンの持ってきたテントは簡易テントで人一人が入る小さなものだが、僕は小柄だったので、二人で入ることが出来た。テントに入ると彼はさっさと服を脱いで上半身は裸、下着はパンツだけとなった。  僕がドキドキしていると、彼はナップサックから白い麻布でできたパジャマを取り出して、僕の前に出した。その服では寝汗を吸収してくれないし、寝づらいから貸してやるというのである。それではアレンさんが、と僕が心配すると、俺は真冬に裸で寝ても風邪を引いたことがないが、お前は体が弱そうだからと言われた。  断ろうとすると、無理やり服を剥がされて、彼の大きすぎるパジャマを着せられた。風通しの良い麻の寝間着は、とても肌触りが良くて、しかも蚊帳の張ってあるテントだから僕は毛布に体中包まることなく、快適に休むことが出来た。  アレンは僕が眠りにつくほんの少しの間、星の話をしてくれた。星座といって、星と星を線で結んだ形を神話の世界に見立てて簡単な物語をしてくれたのだ。普段外で寝ている僕は、テントの中では見えない夜空が、瞼の裏にはっきりと映っているような錯覚に陥りながら、幸せな眠りにつくことが出来た。

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