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*-7 モリール村

 広漠とした砂礫の原を数日かけて越えると、一番目の村モリールに到達した。予定より2日ほど遅れたのは、途中良い休息所が無く交替で見張りをしながら休憩を取ったのと、オオトカゲや吸血コウモリの群れに襲われたりしたからだった。  隊商の一人は岩場に隠れていたトカゲに指を二本噛みちぎられて、大怪我を負った。コウモリに血を吸われた娘は高熱を出して歩けなくなったが、アレンが持っていた薬草を煎じて飲ませたところ熱も下がったようだ。アレンは彼女を背負って、隊列の殿(しんがり)を守っていた。彼は荷駄を下ろして娘を馬に乗せたらいいと頭領に提案したものの、聞き入れられず砂漠の真ん中に娘を置き去りにしていこうとしていたので、やむない行動だった。  僕はアレンの荷物を一緒に持つことになったが、さして嵩張らず重くなかったので、ナップサックごと僕のザックに入れてしまった。アレンは武器防具の他に女を背負っていたので、重いし暑苦しかったことだろう。始終無口でいらだった顔をしていたアレンに、声をかけるのは躊躇われた。  モリールは村の真ん中に泉が湧きだしており、村人はその水を生活に使っていた。飲み水の枯渇していた隊商は全員、泉に突進して押し合いへし合いしながら口を水面に付けた。  水は貴重なので、勝手に飲むことは禁じられているはずなのだが、あまりに突然の猛烈な勢いに、守衛も呆然とその様子を眺めていた。風貌とともにまるで乞食か獣のように映ったのだろう。  アレンも我関せずといった具合で遠めに見ていたが、ふと視線を外すと笑みをこぼした。まだ水筒に水の残っていた僕は、彼の傍にいたのでアレンが何を見つけたのかを即座に知った。  市場の向こうから美しい女性が手を振りながら、彼のもとに歩いてきていたのだ。彼は目を瞬いて嬉しそうに近寄った。 「リディス……」 「騒がしいと思ったら、やっぱりあなたでしたの。アレン」 「俺はうるさくしていないが」  アレンは口を少し曲げると、濃い紫の後ろ髪をさらさらと梳いた。アレンより年上に見えるが、顔にシミやしわはなく体もほっそりしていてなよやかな女性だ。レースに縁取られた鮮やかな橙のドレスを身に纏い、品良く笑っている。 「村が活気だつとき、いつもあなたがいるわ」 「この喧騒は、活気とは違うだろう?」 彼は皮肉を込めて、卑しい集団を一瞥した。 「でも、商人の方々なのでしょう?珍しいものを売りに来たのでは?」 「旅の目的は聞いてないが、行先はテリュスなんだと。モリールはただの経由地点だ」 「まあ。テリュス。火の民の子孫が多くいる村ですわね。村自体は大きくはないけれど、腕のいい鍛冶職人がたくさんいて、武器屋、防具屋と軒を連ねているという……」 「リディスは物知りだな。あそこはここから随分と遠いというのに」 「冒険者がより強い装備を求めに行くところでしょう?あなたもよく訪れるのかと思って、独り寝のときはいつも想像を膨らませていましたの」リディスは意味深な笑みを浮かべて、ふと気づいたように僕に目を落とした。 「あら、この子は?」 「隊商の子どもだ。他の奴らと違って行儀がいい」  まだ口をつけて泉の水を飲んでいる連中と比べているのだ。しかし、アレンが僕に水筒と水をくれなければ、僕は脱水症状を起こして死んでいたか、生きていても彼らのように地べたに這いつくばって水を飲んでいただろう。アレンは僕の頭に手をのせて、優しく撫ぜた。 「男の子?髪の色が変わっているけど、可愛らしい子ね。あなたの子どもだったらどうしようかと思ったわ」 「年齢的に俺の子なわけないだろう」 「そうね。安心した。……それで、またすぐに発ってしまうのでしょう。私の若鳥は」 「一週間ほど滞在したい気分だが、明日発つよ」 「そうなのね。じゃ、今夜はご馳走にしましょうね。あとで、おうちにいらっしゃい」と、リディスは満面の笑みでアレンを見つめると、一時の別れを告げた。  アレンは彼女の背中を見送りつつ口笛を吹いてから、気付いたかのように僕を見下ろすと、 「今夜は宿にでも泊まってゆっくり休むといい」と言って、足早にその場を立ち去ってしまった。 ***  アレンがいなくなってからの僕の悲惨さといったらなかった。彼は恋人との再会に浮かれて、その後の僕のことなど想像できなかったのだろう。金のない隊商が宿に泊まるはずもなく、サヌハンのときと同様、村の外にテントを張って野宿することになった。  僕のザックには、アレンの荷物が入ったままだったから、僕は彼のテントを隊商から少し離れたところに組み立ててそこで休息することにした。夕食もろくに与えられなかったが、アレンの荷物から薫製肉をふた切れ拝借して、岩塩を振りかけてバゲットに挟んで齧った。  他の者たちは、モリールの村で手に入れた新鮮な野菜でサラダを食べていたが、僕の分は当然のようになかった。アレンは今頃、あの綺麗で優しそうな女性と豪華な食事をしているのだろうかと考えると、とても羨ましい気持ちになった。しかし、彼は僕にテントを預けたままであるし、今夜の寝床が用意されていることを思えば、感謝すべき人だった。  僕は数日着て首元にうっすらと垢の付いた寝巻きに袖を通して、眠りにつこうとした。旅の始まりより、汗疹になるからと就寝前にアレンに体を拭いてもらっていたが、それすら忘れて疲れ切った体を休めていた。  眠れぬまましばらく横になっていると、他のテントから誰かが出る音がした。ひそひそ声と忍び寄る気配がしたかと思うと、ばりばりと布を裂くような音が頭上でして、僕は驚いて立ち上がった。テントの周囲で子どもたちの喚声がして、大きく裂けたテントから頭を出して見回した。暗がりの中踊り狂うかのような足音が喧しく、大人達が注意をしたが、僕のことまでは埒外だった。  ——してやられた。アレンのテントだというのに、僕が使っているという理由で悪ガキどもに破かれてしまったのだ。  明日どう彼に謝ればいいかわからなかったし、このままテントで寝るわけにもいかず、途方に暮れた。

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