101 / 108

*-8 詰問

 テントを破られた僕は、ザックと毛布を抱えて村に入ろうとした。アレンの居場所さえわかれば、助けてもらえるかもしれないと思ったからだ。けれども、村人から今日来た者たちは浮浪者だと蛇蝎(だかつ)の如く嫌われていたので、その子供を夜間に通そうとはしなかった。  仕方なく村の周辺で高台を探すものの見つからなかったので、村の外に立てかけてあった荷車——行き倒れの死体を村の外へ運び出すための——を倒して、その上で毛布に包まって眠ることにした。しかし、明日テントのことをアレンにどう謝ったらいいかを考えていると、頭が無性にさえてしまって僕は毛布から顔を出して夜空を見上げた。あいにくの曇り空で満月に薄い雲がかかり、淡い光が拡散して普段より明るく感じる。  茫然と雲の動きを見ていたが、蚊の甲高い羽音が複数近づいてくるのを感じて、毛布を被ろうとした。するとその時、下腹を何かが這い上がってくるような感触があって、はっとした。流暢に体を伝ってきたそれは、眼前に細長い影を作り、鎌首を上げて僕の顔を見つめ、シャーと口を開けて威嚇する。薄闇に二つの小さな目を赤く光らせて、黒い舌をチロチロと出しているその蛇は、記憶が正しければコブラに違いなかった。それの持つ猛毒の牙にかかれば、自分などあっという間もなく息絶えるだろう。  僕はすっと毛布から手を伸ばして毒蛇の胴体に触れた。掴んで投げようと思ったわけではない。その時の僕は、死の恐怖というよりも、翌日アレンに謝って許してもらうまでは死ねないと思った。僕に唯一優しくしてくれた人の顔を最後に見たいと、蛇に命を取られるのは一晩だけでも待ってくれと懇願するような気持だった。コブラは僕の顔をじろじろ見るばかりだが、いつ噛まれてもおかしくない状態だった。それがいくら待ってもどこうとしないのを感じて、両手に力を込めた。  非力な手では蛇を圧死すること敵わなかった。しかし、それの胴体はみるみる熱を持ち始め、ぷすぷすと煙が噴き出した。ほどなくして、蛇の体から白い閃光が走ったかと思うと火の手が上がり、瞬く間に毛布に燃え移った。  僕は慌てて毛布から這い出て、脱いだ寝間着を叩いて消火しようとしたが、甲斐なく炎上し荷車ごと燃え尽きてしまった。焦げた寝間着を再び着込んだ僕は三角座りをしてまんじりともせずに一夜を明かしたのだった。 ***  朝ぼらけ僕は眠気に負けてうつらうつらと船を漕いでいたが、遠くの方でした怒声とともに目覚めた。眼を擦りながらゆるゆると立ち上がると、隊商のテントに長身のアレンの上体が見えて、彼が怒鳴っているのが聞こえた。 「俺のテントを破ったのは誰だ?獣の仕業ではないことはわかっている!縄の切り口、布の裂け跡がナイフのそれだ。あんたら近くにいたんだろう?どこのどいつがしやがったんだ!!」  隊商の者達は皆慄いて立ち竦んでいて、悪ガキたちが顔色をなくして俯いているのが見える。  まずいと思って駆け出していくと、足音に気づいたアレンが振り返って驚いた顔で僕の元に駆け寄った。あれよという間に抱き上げられて、 「カミュ、探したぞ!怪我はないか?」と心配そうに僕の顔を覗き込んだ。 「寝間着が黒焦げじゃないか!何があったんだ?俺のテントは真っ二つに裂けているし、中はもぬけの殻だし、お前は一体どこで夜を明かしたのだ?」 「……」  僕が無言で見やった先には灰と化したかつての荷車があった。アレンの顔は一気に翳って、隊商の者達を激しい視線で睨み据えた。 「火をつけられたのか?おい!お前らの誰かだろう!俺のテントを破り、カミュの寝床に火をつけた奴は名乗り出ろ!!」  彼は忿怒(ふんぬ)の形相で、取り巻きの眼前を睨め付けながら練り歩いた。だが、沈黙しか得られなかったので、昨日背負った娘に何が起きたか証言させようとした。娘は体を震わせながら俯くばかりで何も答えなかったため、アレンは僕を見た。  僕も後のことが怖くて、押し黙っていた。後のことというのは、アレンがそばにいてくれる間はいいけれど、任務が終わってしまえば、恨みを買った隊商の連中に何をされるかわからないことだった。両親は僕を守ってくれないし、悪ガキたちは僕を縊り殺すこと請け合いだった。荷車の残骸の方は彼らによるものではなかったが、やはりそれも言えなかった。 「カミュ、誰がやったのか教えてくれないか?」 「……」 「カミュ?」 「……見えなかったよ。ごめんなさい。アレンさん」  僕は下を向いたまま、足をもじもじさせてそう答えた。アレンは周りの空気を察したのだろう、深くため息をついて、30分後に出発すると言って村に戻っていった。失った物資をギルドに調達に行ったのだった。 ***  モリールの村を発ち数十分ほど歩くと、短い丈の疎らな草原は消えて峻厳な渓谷が連なる岩山ばかりの場所に出た。リーダーや父に続いて黙々と歩く群れのずっと後方にアレンと僕はいて、彼はずっと不機嫌そうにそっぽを向いていた。今、魔物に襲われても助けてやらないとばかりの暗い表情で、話しかけていいものか悩んだが、思い切って僕は声をかけた。 「アレンさん……。テントのことは本当にごめんなさい。テントだけじゃなくて、毛布も寝間着もダメにしちゃって……」 「どうしてお前が謝るんだ?テントを裂いたのはお前じゃないだろ?」 「そ……そうだけど」アレンに迷惑をかけていることを謝りたかった僕に対して、 「……お前、犯人を知っているんだろう?」と、彼は僕の肩に強く手を掛けた。 「し……知らないよ」 「俺の目をごらん?」  足元に目を落としていた顔を覗き込んで、アレンは真剣な眼差しで僕の目を射た。顔を反らすことも出来ず、僕たちは数秒見つめあっていたが、目に熱いものが溜まって僕は涙を流していた。 「嘘つきは嫌いだ。誰がやったか言うんだ」 「……」 「言うんだ!」 「言えないよ。言えないよ、アレンさん」  僕は大粒の涙をこぼしながら、アレンの腕に縋りついて号泣してしまった。足腰が震えて立てなくなってしまったのだ。彼は驚かずにじっと立ち尽くしていたが、「わかった。わかったよ」と呟くように言うと、亜麻布のハンカチで泣きぬれた顔を拭い、荷物を持ち変えて僕を負ぶった。 「問い詰めて悪かった。ごめん。泣くなよ」  彼は赤子をあやすかのように僕の体を揺らして、泣き疲れて眠るまで優しい言葉をかけてくれた。

ともだちにシェアしよう!