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*-9 友達?
***
隊商は大吊り橋の前で昼食を取った。橋の高さに皆は驚いて、せめて渡り終えてから食事したいとアレンに相談したが、橋の先はジャングルが始まっていて休めるような場所はないと素っ気なく返答された。仕方がないと昼食の準備を始めたが、皆食後の橋渡りが心配で食欲をなくしていた。
アレンの肩で眠っていた僕は、揺り起こされて「腹は減っているか?」と訊かれた。彼はナップサックから分厚いサンドイッチを取り出すと、それをナイフで切り分けて3分の1を僕にくれた。
「リディスがこさえてくれたんだ。ありがたく食えよ」
「昨日の女の人?」
「そうだ。あいつの飯は美味いからな」
僕は途中ずっと眠っていたくせに、お腹だけは一人前にペコペコだったので、サンドイッチにかぶりついた。耳付き食パンの歯ごたえとともに、貴重なはずのレタスやトマト、それから芳ばしい焼けた鳥の肉が口の中で絶妙なハーモニーを生み出していた。
「七面鳥のローストだとよ。昨日の晩飯の残りで作ったとはいえ豪華だろ。あと、生ハムとチーズのサンドイッチもあるからな。ほら、喉を詰まらせるなよ」と、アレンは水筒の水をコップに開けて僕の足元に置いた。
「リディスさんって、アレンさんの恋人なの?」
「ほう。カミュ……。恋人という言葉を知っているのか?どういう意味か分かるか?」
アレンは意味ありげに笑いながら、僕に訊ねた。
「えーっと。結婚する前の男の人と女の人?」
「ふーむ。当たらずと雖も遠からずというところかなあ。はたから見たら、俺とリディスは恋人に見えるかもな。……リディスは未亡人で、俺はまあ若い燕といったところだよ」
「みぼうじん?つばめ?」
「あはは。カミュにはまだ早かったな。……リディスは友達だよ」
彼は軽く笑ったが、言い方にややぎこちなさがあった。
「……あっちは夫のいない寂しさを紛らわしたくて、俺はただただ甘えたいだけの、足りないところを補い合う関係さ」
「おぎないあう?」
「いいから早く食えよ。俺達が食べ終わらなきゃ先に進めないぞ」と、アレンは僕の頭をがしがしとかき乱して立ち上がった。
***
皆の食事が済むと、頭の言で大吊橋はアレンを先頭に渡ることになった。
アレンは高所をものともせず、絶妙なバランス感覚で手摺りの縄にも触れずに歩いてゆく。僕はそんな彼のベルトにしがみついて橋板を踏み外さないように慎重に渡った。
強烈な谷風が下から吹き上げていて吊橋は大いに揺れたが、一遍に橋を渡らないよう人数を決めていたので、重みや反動で縄が切れることはなかった。
皆が渡りきったのを見て、リーダーが人数確認の号令をかけると、二人欠けていたので騒がしくなった。若い二人の兄弟の姿がないことを知ると、アレンは立ち上がって吊橋の向こうを眺めた。
「橋から落ちたとは思えないな。悲鳴をあげるだろうからな」と言いつつ谷底を俯瞰したが、あまりに深い上に、木々に覆われているので人影が見えるはずもなかった。
その時、橋の向こうから叫び声が聞こえて、二人の若者が灌木から飛び出し、息急き切って駆けてくるのが見えた。何かに追い立てられているようだ。父が単筒の望遠鏡に目を当てると、びくりと肩をいからして声を荒げた。
「ありゃ、イノシシだ。なんてこった!イノシシに追われてる!!」
言い終わるが早いか、一人が橋板を踏み抜いて谷に落ちかけた。しかし、足元の縄を掴んで吊橋に辛うじてぶら下がっている。もう一人は一瞬兄弟を助けようとしたが、イノシシが抜けた橋板を飛び越えて胸倉に突進してきたので吹っ飛ばされて橋の上で気絶してしまった。
アレンは手元にあった弓矢を素早く握りしめると、橋のたもとににじり寄りイノシシの視界に入った。鋭い闘気とともに鏃を向けられた獣は猛り狂ってアレンに突進したが、あと10メートルというところで、彼が放った矢が頭蓋を貫いた。勢いづいていた獲物はよたよたと彼の目の前まで迫ったが、どたりと倒れこんで絶命した。
皆が固唾を飲んで微動だにしない中、野獣を仕留めたアレンだけが大急ぎで吊橋を渡っていた。彼は倒れている人を飛び越え、縄に必死にしがみつく男の手を取って引き上げた。往復して気絶した男も背負って皆の元に運び、気付けにブランデーを飲ませてやった。
安堵に息をつく間も無く、アレンは縄にぶら下がっていた男から事情を聞こうと険しい顔で詰問していた。兄弟の弟は彼の視線を怖じて俯いていたが、イノシシの子供に手を出したことを白状した。茂みに潜んでいたのを食糧として捕らえようとしたところを親に見つかって追い回されたのだと聞いて、アレンは烈火の如く怒った。
「子どものそばには母親がいるのが当たり前なのだから、狩りの不得手な者がちょっかい出していいものではない!」と、キツく叱りつけたので、彼と同い年くらいの兄弟は怯えて口もきけずに頷くばかりだった。
よくやく彼の怒りが収まると、隊列の並びを変えてジャングルの中へと入っていった。
岩山を超えた後にすぐ森があるというのも妙な話だが、地域によって土質がことなり砂礫から水を蓄えやすい粘土層になったのと、山を越えて気候が変わり雨量の多い一帯に川が流れていることがジャングルの形成に繋がったのだろう。
下草が生い茂り、木々が空の色を隠すくらいに枝葉をつけている。シダの葉が息をしているかの如く揺れて、僕らの注意力を散漫にする。ツルが幾重にもぶら下がって視界を遮るので、度々腕でかき分けながら進んでいく。
太陽の照りつけはないものの、ジャングルの生ぬるい空気がじわりと肌を湿らせ、呼吸に不快感を与えた。
「ツルと間違えて蛇に触れないようにな」
アレンは皆に注意を促しながら再び先頭を歩き、僕はそのすぐ後ろに続いていたが、一時間超歩き続けていると流石に疲れてしまった。いくら歩いても平地が見えず、眩暈がして倒れそうになりながらついていったが、ふとアレンが後ろを振り向いて、「大丈夫か」と声をかけた。
「……少し、休みたい」僕が答えると、後ろから同意のため息が複数聞こえて、皆疲れ切っているのがわかった。
「悪いがここは危険だ。あと、一時間は歩くだろう」
「……」
僕の無言にアレンは心配そうな顔をして手を取ると、眉を顰めた。
「お前、熱があるんじゃないか?」
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