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*-13 レメルグ

 さらに数日経って、僕らは第二の経由地であるレメルグに到着した。途中にあった沼の水は濁っていて飲めなかったが、湿地を抜けて村に着くまでに川を何本か越えたので、飲み水に関しては問題なかった。  村は高い石垣と木柵で囲われており、四方に(やぐら)があるなど警備が厳重だった。アレンが言うにはこの地方から先は魔物が多く、数年に一度襲撃があるからだそうだ。 (かしら)が通行証を門衛に見せて中に通されると、石造りの頑丈な家屋が立ち並び、サヌハンやモリールよりしっかりとした街並みが広がっていた。住宅と店舗が雑然と混在し、建物を繋ぐように張られたロープには赤や黄の三角旗が交互に掛かっていた。 「ここは町といってもいいだろうな。モリール近辺は魔物も生息数が少ないから、小さな村でもやっていけるが、レメルグの外は魔物だらけだから皆で寄り集まって生活しないと危険なんだ。だから人口もモリールの5倍はいる。守りやすいよう面積は約2倍だがな。その代わり、集合住宅にして土地を有効に使っているし、魔物の襲撃時に火をつけられても大丈夫なように頑丈な石製の家屋が建築されたんだ」 「アレンさん、詳しいんだね」僕がにっこり笑って彼を見上げると、 「まあな。2年前に、襲撃があった時は防衛に立ち会ったし、修復の手助けもしたからな。壊された門扉を作り直すのに、大木を切り倒して運んだのも俺だ。レメルグにはいろいろと恩もあるしな」 「おん?」 「故郷を魔物に襲撃されたときに、村人総出で助けに来てくれたんだ。……まあ、手遅れだったけどな」と言いながら、アレンはつと物思いに沈み、顔色がみるみる翳ってしまった。  それを見て訊くべきではなかったと僕が後悔していると、アレンは通りの角から曲がってきた男を一瞥してバンダナを目深に被りなおした。そして、後ろを振り向き頭の元に行くとこう言った。 「さて。今度は村の泉に顔を突っ込むという無様な真似はしなくてすんだみたいだな」 「お陰様でな」リーダーは皮肉気にアレンを睨みつけた。 「ここで同じことをやったら、モリールの寛容さは味わえないぜ。即刻追い出されるのがおちだ。この村は団結力が強いから、異分子や犯罪者は放逐だけじゃすまないかもしれん。水だけじゃない。盗みも働くなよ」 「……ぺっ」頭は側溝に唾を吐いた。 「ふん。お前たちに一つ忠告しておくが、今回は宿に泊まった方がいいぞ。夜の荒野はかなり危険だ。魔物どもも知能の高い奴は、日ごろから町を偵察している。魔鳥などを使ってな。野宿でもしようものなら、奴らの餌食だ」 「ご忠告どうも。一番安い宿を探すよ」 「ああ、そうだな。レメルグには旅人も多いから宿もピンキリだ。俺はちと用があるから宿探しを手伝う気はないが……」 「また女か?」と、僕の父が横やりを入れた。アレンはぎらっと睨め付けて毅然として言った。 「あんたには関係ないだろう?俺のプライベートに口を挟むな。それと……」 と、彼は言葉を継いで、 「カミュは俺が別の宿に泊める。あんたらといたら、命がいくつあっても足りないからな」僕の頭をポンと叩いて手を取ると、相手の承諾なしに歩を進めていく。 「ま……待て。俺の子を連れてどこに行くんだ」父は僕の肩に手をかけて引き留めようとする。 「お前の子ども?行く先々で置き去りにし、一緒にテントで寝てやらない薄情なお前がこの子の親だっていうのか?」 「ぐ……」 「その汚らわしい手を放せ。俺はカミュを悪いようにはしない。な」  アレンが僕の顔を覗き込んだので、僕は「うん」と小声で頷いた。それを頭と父は憤懣やるかたなく憎悪の目で見ているのを肌にぞくぞくと感じながら、僕はアレンの手にひかれて往来を先へと進んだ。 ***  彼は僕を連れて街の中心部まで行くと、大通り沿いにある石作りの立派な宿屋の前まで来た。店名のプレートが金色に輝き、入り口の両脇に優雅な大輪の牡丹が植わっていて、荘厳な造りの青銅の窓枠にはめ込まれたガラスが陽光を反射している。見上げると破風に大理石のレリーフがあり、勇士が剣を手に雄牛にとびかかっている図柄だった。 「あ。これ、猛牛にとびかかっているのは」  英傑ウィルだね、と言うよりも先にアレンは僕の手を引いて屋内に入った。ロビーには宿泊者が数人いて、カウンター越しにアレンを見た宿屋の主人が「あっ」と声を上げた。アレンは首に巻き付けていたスカーフを口元に上げ、鋭い目で主人を射て黙らせる。 「一泊したい」 「……お名前は?」 「アルバトロス」 「畏まりました。ミスター・アルバトロス。今日は3階のスイートルームが開いてます」 「そこでいい」 「この子は?」汚い身なりの僕を見て、店主は一瞬だけ目を顰めた。 「連れだ。この子も泊まる」連れと聞いて彼の表情が和らぎ、僕もほっとする。 「お食事の方は?」 「いつもので」  アレンが偽名を使ったことや、主人に名前を訊かれていたくせにいつもの食事でいいと答えていることに、子どもながらに不思議だと感じつつ、僕はそのやり取りを呆然と聞いていた。話が終わると二人の荷物をボーイに預け、踊り場のある赤絨毯の立派な階段上がって両扉の戸を開けた。  ボーイに案内されるがままに室内に踏み入れると、毛足の長い褐色の絨毯が床全面に敷かれていて、猫足の優美なテーブルや椅子、見たこともないほどの大きなベッドが置かれていた。ベッドには金糸で縁取られた無数のクッションが敷き詰められ、枕元には細かい宝石で装飾された輝くばかりの金時計があり、ガラスの囲いの中で陶器製の踊子が小さなダイヤモンドを手にくるくると回っていた。僕は靴を脱ぐのも忘れてベッドに膝をつき、金時計をじっと見つめて振り返ると、アレンがにこにこと笑っていた。  一方のボーイはベッドが汚されるのを恐れて、咳払いをして僕に靴を脱ぐようにお願いした。しまったと思って、穴だらけの靴を脱ぎ捨てボーイを見やると、彼はすでに僕の方を向いてはいなかった。  彼は肩にかけてきた組み立て式の踏み台に乗って、火のついた蝋燭を長い柄で掲げて、天井にかかっていたシャンデリアに点火していた。そこで、僕は自分の体重よりも重そうな立派なシャンデリアがぶら下がっていることに気付いて、アレンを見やるとやはり微笑んで僕を見返した。

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