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第6話
俺の視線で仁も気づいたのだろう。そちらに顔を向けると訝しげに眉を寄せた。
「誰か来る予定あったか?」
仁は、縁側にあるスリッパを履いて庭へ出ると、玄関へと歩いていった。
すぐに、来客は誰だかわかった。伊織《いおり》だ。俺の高校の同級生で――仁の事を好きだとその頃から公言している彼が、自分としてはとても苦手なのだけれど。一度繋がった縁は中々切れないようだ――いいや、違う。伊織がそれを決して切ろうとはしない、んだな。
二人並んで縁側へと入ってきた。少し身を引いた仁の腕へ、しがみ付くように腕を絡ませている伊織の姿。羽織っているグレーの薄いニットカーディガンの裾が風ではためいている。その下に着ている白いティーシャツが日の光を反射させ、白い首筋を更に白く見せていた。長い足を包んでいるジーンズにはダメージ加工が施してある。仁といい、伊織といい、服のセンスが抜群に優れている。
「髪、切ってたんだ?」
と、伊織は仁へ尋ねた。
「これからだ。それで、何か用か?」
「いい天気だったから、遊びに誘おうと思ってさ。そこのお荷物も一緒で構わないよ」
ちらりと見られたその視線の何と冷たいことか。しかしそれは、仕方がないことなのだ。
こそりと奥歯を噛み締める。
「俺は一人でも大丈夫だから、たまには二人で出かけてきなよ」
声、震えなかっただろうか。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて――」
「さっさと帰れ。邪魔なのはお前だ」
鼻を鳴らしながら発した仁の言葉に心が、ああ、躍ってしまう。
伊織にきつく睨まれた。男をそう言い表すのはどうかと思うが、彼はとても美人だ。
華奢な骨格をしているけれど身長は俺よりも僅かに高い。綺麗に弧を描いた二重の目蓋はほのかに目尻がつり上がっている。繊細な形をした鼻筋に、程よい厚みの唇。誰が見てもその美貌には見惚れるだろう。グレイアッシュに染めてあるショートカットは、毛先を遊ばせている。とてもお洒落で、今の野暮ったい髪型をした自分が悪目立ちをしているように感じた。
本当は……自分なんかよりも、伊織と共にあったほうが、仁にとって良いのだろう。服飾デザイナーをしている伊織と、インテリアデザイナーの仁は話も合うのだと思う。それなのに。自分がいるから。この足が動かなくて……義理の兄弟だから。ずっと、自分へ縛り付けてしまっている。そして、それをわかっているのに、どうしても突き放しきれない、醜い、己。
伊織が頬を膨らませた。カーディガンについているポケットから小さな手鏡を取り出し、己の姿を確認してみろとでも言わんばかりにこちらへ向けてくる。
「お前、さっさと自分の置かれた状況と向き合えよ。仁の枷になり続けていいと思っているの?」
身を強張らせてしまった。言われた言葉よりも何よりも――あの事件があった日から、手鏡というものをどうにも受け付けられなくなったのだ。伊織はそれを知っているのだろうか。もとより彼は手鏡をよく持ち歩いていたので、そう察しての嫌がらせかどうかが判断つかない。
――そう。手鏡を持ち歩いている伊織を、もしかしたら犯人ではないかと疑ったことがある。けれど、こうして嫌悪を隠そうともしない、素直な性格をしている伊織があんな陰険なことをしでかす犯人だとは思い切れなかった。
鏡に映った自分の顔が歪んで見えた。涙腺が緩んでしまったようだ。俯いてしまう。
ふっと、目の前に陰ができた。顔を上げるとそこには仁の背中があった。
「帰れ」
「あーあ。また振られた」
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