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第9話

 目の前にある箱を退かそうとはしないようだ。それどころか益々、ずいっと差し出してくる。 「夢だと思いたいのならばそれでもいいでしょう。ひと時でも、何かを変えたくありませんか? しかし、願いはまず、一つだけしか叶えさせられません。それが叶ってから、もう一つの願いを叶えられるシステムになっていますからね」 「な、んで? どうして俺に――」 「質問があれば、箱へどうぞ。しかしそれを聞いてしまうと、一つ、願いを吐き出したことになりますからね」  見開いた目蓋の奥にある眼球が乾いて、痛い。  恐々箱を受け取り、蓋を開いた。中を覗き込んでみるが、何の変哲もない箱だ。 「ほら、言って。願いを」  催促され、最初に浮かんだ願いは足が動くようになる事だった。しかし……動くようになっても、仁を縛り付けてしまった歳月は変わらないし、そんな自分が彼と共にあることは、やはり罪悪感がある。好きで、たまらなくて、離したくて、けれど。それでももう、自立をしなくては。  それに、もしも仁が本当は俺を、心底愛してくれていないのならば……これで、わかるはず。実際にもうそうであるならば、願いは叶えようがない。  足の事はもちろん、願うつもりだ。けれど、そんな様々な感情を持て余すのが苦しくて――だから、まず、先に。  箱へそっと顔を近づけた。  心臓の音がうるさい。これが、本当に叶うとも思えないし、本当は叶って欲しくないのかもしれない。自分でもわからないが、しかし。  ああ、もう、涙が、溢れ出して止まらない。辛くて。これが現実だとは感じないのに、それでも、こうして口に出そうとすると、胸が張り裂けそう。  震える唇。血の気が、頭の先から足の先までざざっと降りた。 「仁の――兄さんの、俺を心底愛する気持ちを消してください」  箱へ言う。  何も起こらない。これは……やはり、そうなのか。仁は俺を愛しては……。目の前が真っ暗になったような感覚を受ける。  謎の人物へ目を向けてみた。 「ああ、それならば、彼が貴方を好きだと自覚した時まで時間を巻き戻ることになりますね」  何を言っているのだろうか。 「では、行ってらっしゃいませ」  と、静かな声を受けた瞬間に、見ているもの全てが歪み――視界がはっきりした時には、高校二年の頃の自分の部屋に倒れていた。

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