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第10話
まだ眩暈が治まらぬが、間違いない。壁にかけてあるポスターは、高校二年の時期にはまったバンドのものだ。そして、着ているこの学ラン。
慌てて立ち上がり、部屋にある姿見で自分を確認してみると、顔にあった皺は一切消えており、髪も小ざっぱりとしたショートカットになっていた。この、束感を出すようにセットされているヘアスタイルは、当時に自分が好んでしていたものだ。
窓の外を確認すると、季節は冬らしく、雪がちらついていた。
これは、一体何が起こったのだろうか。まさかあの箱が本当に願いを叶えたとでも? 怪しげな人物の言うことは、嘘ではなかったのか。
ふと、箱が手元にないことへ気づき焦った。床を見渡すと、足元にそれは転がっており、慌てて拾い上げる。これがあれば後は、あの事件があった時に、足を治してくれと願える。いや、あの事件を起こらなくしてくれと、さっさと願うべきなのだろうか。
まぁとにかく、現状を確認しなければ――そうだ。混乱し、うっかりしていた。願いが叶ったということは……仁は、俺を愛していたということか。仕方がなくでも、同情心からでもなかった。そして、俺の足はまだ動く。そんな頃にこうして戻ったのならば、俺たちのあの関係は――足が原因ではなかったということだろう。こんなに昔から仁はずっと俺を好きでいてくれたというのに。動かぬ足に捕らわれていたのは、俺だった。しかし、そうわかっても。仁はもう俺へ気持ちを寄せることはない、のだ。
不思議な気分だ。
足が、動く。床の感触が足の裏にちゃんと、ある。膝を曲げてみる。筋肉の動きが骨に伝わってきた。
胸がいっぱいになって、ぶわりと涙が湧き上がってくる。俺は今、動ける。自分の足で歩けるし、走れるはずだ。
ずっとこの日を想像してきた。車椅子に縛られない身体を。だからすごく嬉しい、はずなのに。仁から愛されないとわかっている事がこんなにも辛いなんて。
だからといって、箱へ、元に戻してくれとは言えない。仁が俺へ向けていた愛情が本物だとしても、あんな自分に縛り付けておいていいとはもう、思えないからだ。
好きだから。愛しているから自由であって欲しい――言い訳、なのだろうか。俺はもしかしたら、仁という存在よりも、自分の足がまた動かなくなることへ恐怖しているのでは? 箱へ願った時はまだ半信半疑だったし、何よりも、この、動けるという感覚を忘れていた。
ぼんやりと箱を眺める。これはひとまずベッドの下に隠しておこう。
確か、と思いだし、ズボンのポケットを探る。ああ、あった。昔からこうしてズボンのポケットに携帯電話をしまっていたのだ。今よりも大分分厚い、折り畳み式のものを開く。
時刻は十五時。月は二月か。もうすぐ高校三年だ。あと約一年後に、この足は――
突然廊下が騒がしくなった。どうやら仁と女性が喧嘩をしているらしい。
そっとドアを開いて外を覗いてみる。セーラー服の女性、いや、女子が仁へ怒っているようだ。あれは確か……そうだ。加藤祥子。俺と同じクラスの子だ。
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