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第14話
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それからの日々は、まるで天国と地獄を交互に行き来しているようだった。
朝起きて、ベッドから床へ足を下ろす瞬間に感じる、踊りだしたくなるほどの喜びと――己の記憶と現実の仁から受ける態度の違いより生まれる、悶える程の苦しみ。
一日、一日と迫ってくる。自由に動けなくなる日々が。それは、真綿で首を絞められているかのような苦しみだ。外へ出ることに今は恐怖があまりない。きっと、絶対にあの事件が起こるまではこの身体は無事だとわかっているからだろう。
――ああ、あの事件が起こって足が動かなくなっても、仁は俺に縛られることはない。それを考えると胸がちりちりと痛むのだけれど、自分がそう望んだことだ。愛する人の荷物になりたくないと。その罪悪感からも逃れたいのだと。気持ちに応えられない。愛していると言われ、足が浮き立つ程に嬉しく思うのに、自分もそうだと言えなかったその苦しみをもう味わいたくなかった。それなのに……結局片思いでも、辛いことには変わりない。
しかしそれでも、これで良かったのだ。まだ救われているように思える。いつかはきっと、この苦しさも薄く、引き延ばされて、古びたビデオテープをぼんやりと眺めるような懐かしさを感じる日が来るのだと信じたい。
仁は何故か、女遊びをしなかった。何がどう変化して、記憶にある彼と違う行動をとるのかはわからない。
代わりに、やたらと俺がモテている。女友達だと思っていた子から告白を受けたり――仁と付き合っていたはずの、藍田からも告白を受けた。さすがに断りはしたのだが、その日から、引いてしまうくらい猛烈なアプローチをされている。流石に、髪の毛が編みこまれたマフラーをもらった時は細い悲鳴を上げてしまった。よくもまぁ、記憶にある仁は藍田と付き合えたものだ。
そして、伊織から目が離せなくなっている。彼の持つ手鏡の数は多い。集めることが趣味なのだ。昔は気づかなかったのだが、俊介はそんな彼へ、せっせと新しい模様の手鏡をプレゼントしているようだ。学校帰りに雑貨屋へ寄っている姿をよく目撃する。
寝支度を整えベッドに横たわった。
明日は、卒業式。
あの高い石段から落ちた瞬間のことは、今でもよく覚えている。
卒業証書の入った筒ををかばんから取り出し、手のひらの上に乗せて遊びながら道を歩いていた。
大学もすでに合格していた。そこへ結局は行かなかったのだが……バリアフリーでなければ到底、自分には通えそうにもなかったのだ。どの道外に出ること自体が怖くなってしまっていたのだけれど。
一瞬だった。
瞬きをする間に、自分の世界が変わってしまった。
空を飛んだ時、己の体重はこんなに軽かったのかと驚いた。そのくらい、石畳に叩きつけられるまでが遅く感じた。
体が反転をし、見えた空は高かった。雲ひとつなく、吸い込まれそうな程に青かった。
そうやって呆然としているうちに高い石段から飛ぶように落ち――結果、足が動かなくなってしまったのだ。
いつ思い出してもぞっとする。身体は酷く痛かったし、頭もくらくらとした。
助けを求めて腕を上げようとしたのだが、固まってしまったかのよう動かなくて――ただ目蓋を見開いた先に落ちてきたのが、あの、綺麗な赤い薔薇の模様が背に描かれた手鏡だった。
そこから先の記憶は曖昧で、はっきりと思い出せるのは病院で目覚めた時からだ。仁から手を握られていたその温もりは……きっともう、与えられない。
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