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第16話

*  学校へ行かなければ、あの高い石段に近づかずに済む。  事件が起こった時間よりも更に数時間、学校とは反対方向にある川原で時間を潰した。  もう、日は落ちている。これは……回避できたのか。  まだ不安だが、このまま帰らないことはできない。卒業式をサボった上に家へ帰らないとなると、両親や仁が心配をする――携帯電話を家に置いて、連絡がつかない状態にし卒業式をサボった時点ですでに心配をかけているか。  辺りを見渡し、背後に気をつけながら家へ戻るとすぐに、玄関へ両親と仁が飛び出してきた。  驚いて落としてしまったかばんを拾うことも許されず、引きずられるようにしてリビングへ連れてゆかれ、そこで二時間正座させられひたすら説教を聞いている間、正座による足の痺れを感じて胸がうきうきとしてしまう。これからの足が動く人生を考えると、にやついた顔をこらえられなかった。  結局、全て上の空で聞いてしまい、それを察した両親は呆れ果てたようだ。説教が終わり、玄関へとかばんを取りに行くと後ろから仁がついてきた。 「どうかした?」  立ち止まり、振り向いてたずねる。  仁は悩むように顎をさすっていた。 「いや、以前言いかけたことを、伝えておこうと思ったんだが……お前、もっとしっかりしてくれよな?」 「俺がしっかりすることと、仁が言いたいことと何の関係があるんだよ」 「耳、こっちに寄越せ」  表情が変わらぬよう注意しながら言われた通りにする事が、難しくて困る。  仁の息が耳にかかって、胸が、破裂しそうなほどに高鳴り―― 「実はな、俺はどうやらゲイらしいんだ。だから今後、どんな女とも付き合う気がない。そうなると、この家はお前に任せることになるだろう? だから、しっかりしてもらわないと俺が困るんだ」  全ての時が止まったような感覚を受けた。  何を言っているのか意味がわからなかった。  そんな馬鹿な。それはあり得ない。だって、そうならば――どうして記憶にある仁は、社会人になってからの二年間、女の間を渡り歩いてきたのか。バイであるならばわかる。しかしゲイだと、その行動はどう考えても辻褄が合わないではないか。  仁からの視線を感じる。その、深い愛を含まない、熱のない視線が。 「おい。気色悪いとか言うなよ?」  戸惑うような声だ。  返事をしなければ傷つけてしまう。それなのに、喉が、詰まって、声が、出ない。  頭が混乱している。様々な、もう訪れない日々の記憶が頭の中に蘇ってくる。鮮やかなそれに益々喉を詰まらせられた。  仁の表情が、徐々に暗いものへと変わってゆく。  足が勝手に動いた。玄関から外へ飛び出し、混乱する心のまま我武者羅に走ろうとしたその時―― 「きゃっ。響君!?」  誰かにぶつかった。藍田の声だ。何故彼女がここに……そういえば、卒業式が終わったら記念にデートをしようと誘われていたのだった。どんな誘いを受けても断っていたのに、彼女はヘドロのようにこびりついてきて離れようとしてくれない。  からり、と何かが道路へ転がった音が聞こえてきた。走らせた目が、そこに留まり、一瞬で全身が粟立つ。

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