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第17話

 ――薔薇の、模様をした、手鏡。  指先が冷たい。寒気が治まらない。枯れたような細い悲鳴が喉の奥から飛び出した。  藍田が犯人だったのか。何故、どんな理由で――そういえば本来あったはずの日々で、卒業式の前日に藍田が仁から振られたらしいという噂を聞いた。その腹いせなのか? 何故? それならば仁へすれば――待てよ。仁はその時すでに、俺への恋心を自覚していたはず。それなのに藍田と付き合ったのはどうしてだ。第一、仁が本当にゲイなのであれば、女性と付き合う理由もないはず……そういえば、仁が付き合ってきた女性は必ず、最初に俺と親しくなっている。藍田もそうだった。そして、彼女がこうして俺へアプローチをしているということは――仁が付き合った子らは皆、最初は俺を好きだったって事なのか?  そんな彼女らへ仁から近づいた。ゲイなのに、付き合った。その答えは? 藍田は、それを知っていたのかもしれない。だから――俺の背中を、押した。  では、足が動かなくなったのは。  あの日々は。  絶望感に喘いで、仁への罪悪感に苦しんで、荷物になってしまったこの身を嘆いていた日々は全て――直接手を下したわけではないけれど、しかし。  ああ。ああ。そうか。意味がわかった。やっと理解できた。  海外へ行くことを躊躇っていた両親へ、仁が言った言葉――俺が責任を取って。  イク時の、ばつが悪そうな顔。毎日のように囁いてきた、愛しているという言葉。本当にすまないと、最初に抱かれたときに言われたそれ。  頭が爆発してしまいそうだ。唇が戦慄いた。  喉が熱い。一気に涙腺が緩んだ。  歩道に並んでいる桜の木々が見える。風が花びらを散らしてゆく。  どうしたの、と、藍田から声をかけられた。  答えず、踵を返す。  玄関まで出てきていた仁を押し退ける。驚いたように見開く目蓋を視界の端に捉えた。  自室へ駆けこむと、ベッドの下に隠していた灰色の箱を引きずり出した。  蓋を開き、両手でそれを抱える。中へ、唇を寄せた。  一瞬、ほんとうに一瞬だけ息が止まる。けれど――…… 「元へ戻してくれ。元の世界に、戻してくれ!」  叫んだ瞬間、両手の中にあった箱がぐにゃりと輪郭を歪ませて、溶けた。そして瞬きをしたらもう……自分は車椅子に乗っていて、目の前には誰も居なく、ただ胸をかき押さえて蹲った。

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