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第18話

 涙が止まらない。  頬が熱かった。  震える手で車椅子の車輪を動かそうとしたその時、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。 「どうした!? 様子が変だが、大丈夫か!?」  何度か瞬きをして、涙によりぼやけた視界をクリアにする。  仁だ。心配そうに眉を寄せている。その、視線には確かな愛情を感じる。  もう、ああ。たまらなく――愛しい。  仁の後ろから、伊織が飛び出してきた。 「そうやって仁さんの気を引くのやめろよ!」 「おい、伊織。よせ」  駆け寄ってきた俊介が、伊織の腕を掴んだ。しかし伊織は全くそこへ関心を寄せないようで、きつい視線は変わらず届けられる。  受ける悪意はもう、苦しくない。痛くない。胸を締め付けさせられない。  頭の上に乗ってきた仁の手をそっと握り、引き寄せる。  バランスを崩した仁が膝の上によろめき倒れてきて――その、驚き見開いている目蓋の先へ、顔を持っていった。  笑う。心から。  もう胸に重石はない。罪悪感はなく、心底は愛されていないのではないかという疑惑も吹き飛んで…… 「仁は、俺のものだから」  伊織へ笑みを送る。今まで決して出しはしなかった、得意げなものを。  そして、呆然としている仁の頬へキスを落とした。 「はぁっ!?」  伊織を真っ直ぐ見つめる。 「俺は、仁の荷物じゃあない」  静かに言うと、掴んでいる仁の腕が跳ね上がるように動いた。  仁へ視線を移す。まだ見開かれていた目蓋の奥にある瞳を見つめた。 「もう遠慮はしない。素直になるってそう決めたんだ」  見つめる瞳にさっと、動揺の色が走った。  握っていた手を離し、仁の頭を優しく撫でると……ああ。これを、見たかったんだ。その緩んだ目元を。嬉しそうに上がった頬。熱を帯びた視線。  自由に気持ちを告げられるのならば。仁と何の枷もなく愛し合えるのならば――彼に荷物だと思われていないならば。  ――足が、動かなくてももう、構わない。  唖然とした伊織を俊介が連れ去っていった。  仁と二人きりになり、顔を見合わせて、笑う。  額に額を付けられた。受ける視線が近い。 「突然の変化だな。どうした? 何かあったのか?」  優しく囁きかけられて、胸が、もう、いっぱいで。  ……真実を知ったことは、死んでも言わない。言えない。告げてしまえばきっと、仁の罪悪感は増すだろう。足を失う前から愛されていたという事実と、愛されなかった仮初の日々が、この心を強くするようだ。  首を横に振る。 「何でもない。それよりも、髪。邪魔だからさっさと切ってくれる?」  傍にある頬へ唇を寄せると、柔らかな肌の感触が伝わってきて―― 「ああ。一生、お前の髪は俺が切ってやる。だからもう、あんな風に俺を追い払うな」  仁。  仁。  ずっと口に出せなかった気持ちは、吐き出すと同時にこの胸へ膨れ上がって……その存在が眩しく思える。  もう離さない。離れない。  微笑む。彼に愛され、彼を愛することが本当に、幸せで。  うっすらと涙が潤んでゆく、その瞳。  目蓋を閉じてキスをねだる。  優しく触れてきた唇は、悶えたくなるくらいの熱をそこに帯びていた。

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