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鍵
「透さん、起きてますか?」
八雲の声だった。
「はい!」
透は少し驚いてベッドから起き上がり、寝室のドアを開けた。
相変わらず能面のような無表情で、八雲が透を見下ろしていた。
「少し、いいですか?」
「………はい」
なんだろう?
リビングに出ると、真田はいないようだった。
八雲がこの時間に部屋にいるのは珍しい。だいたいが、彰広と一緒に夜に顔を見せるくらいだった。
八雲は透をダイニングの椅子に座らせ、自分は対面に座った。
「昨夜、彰広さんと何がありました?」
「え、何も………」
透はドキリとした。昨夜のことがあってから、さっきまで彰広とのことを考えていたのだから。
「そうですか」
「あの、どうして?」
「いえ。今朝は随分と機嫌が良かったので」
「!」
僅かな彰広の変化を八雲も気付いていた事に、透は少し驚く。
「この世界では長い付き合いですので。あなた程ではありませんが」
八雲は透の目を見て、テーブルの上にコトリと何かを置いた。
「この部屋の鍵です」
八雲は淡々と告げた。
「え………」
透は唖然と八雲を見る。
この部屋は内からも外からも、鍵が無ければ出られない。八雲は「この部屋の鍵」と言った。
「当面はこれで、生活してください」
分厚い封筒を鍵の横に置く。
「今日は真田は下がらせています」
「な、なんで?」
透は戸惑いを隠せない。八雲が何を考えているか分からない。
「この二週間、彰広さんを見て確信しました。あなたは彰広さんにとってなくてはならない存在です」
八雲は透をまっすぐに見て、いっそ冷たいと感じる声音で告げた。
「今朝のように調子が良いことは喜ばしいことです。だが、あなたの為に崩れることもある」
「それは………」
「いい加減、気付いて下さい。真田ですら分かっています」
八雲の冷たい声に、透の肩がビクリと揺れる。
「………意味が、分からない」
「あなたの彰広さんに対する影響力です。あなたは諸刃の剣だ」
八雲はテーブルに置いた鍵と封筒を透の前にスッと押し出した。
「あなたを得ることで、彰広さんは強くなるでしょうね。だが、あなたが弱みにもなる。あなたは内側から彼を壊すことができると、いい加減に理解しなさい」
「………ッ!」
透は八雲の言葉にハッとする。
「あなたが居なくなれば、彰広さんは駄目になるかもしれない。その時は、彰広さんの代わりに他の誰かに頭を挿げ替えるだけです。使い物にならなければ、誰であろうと切り捨てま」
「なっ!?」
「ゼロか百かです」
八雲は射抜くような目で透を見据えて、冷たく言い切った。
「今のようにグズグズと揺らぐようなら逃げなさい。後の事はお気になさらず。
自分がどうしたいのかだけを考えなさい。彰広さんとは二度と会わないことです」
透は言葉も無く、八雲を見つめた。
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