24 / 30

「透さん、起きてますか?」 八雲の声だった。 「はい!」 透は少し驚いてベッドから起き上がり、寝室のドアを開けた。 相変わらず能面のような無表情で、八雲が透を見下ろしていた。 「少し、いいですか?」 「………はい」 なんだろう? リビングに出ると、真田はいないようだった。 八雲がこの時間に部屋にいるのは珍しい。だいたいが、彰広と一緒に夜に顔を見せるくらいだった。 八雲は透をダイニングの椅子に座らせ、自分は対面に座った。 「昨夜、彰広さんと何がありました?」 「え、何も………」 透はドキリとした。昨夜のことがあってから、さっきまで彰広とのことを考えていたのだから。 「そうですか」 「あの、どうして?」 「いえ。今朝は随分と機嫌が良かったので」 「!」 僅かな彰広の変化を八雲も気付いていた事に、透は少し驚く。 「この世界では長い付き合いですので。あなた程ではありませんが」 八雲は透の目を見て、テーブルの上にコトリと何かを置いた。 「この部屋の鍵です」 八雲は淡々と告げた。 「え………」 透は唖然と八雲を見る。 この部屋は内からも外からも、鍵が無ければ出られない。八雲は「この部屋の鍵」と言った。 「当面はこれで、生活してください」 分厚い封筒を鍵の横に置く。 「今日は真田は下がらせています」 「な、なんで?」 透は戸惑いを隠せない。八雲が何を考えているか分からない。 「この二週間、彰広さんを見て確信しました。あなたは彰広さんにとってなくてはならない存在です」 八雲は透をまっすぐに見て、いっそ冷たいと感じる声音で告げた。 「今朝のように調子が良いことは喜ばしいことです。だが、あなたの為に崩れることもある」 「それは………」 「いい加減、気付いて下さい。真田ですら分かっています」 八雲の冷たい声に、透の肩がビクリと揺れる。 「………意味が、分からない」 「あなたの彰広さんに対する影響力です。あなたは諸刃の剣だ」 八雲はテーブルに置いた鍵と封筒を透の前にスッと押し出した。 「あなたを得ることで、彰広さんは強くなるでしょうね。だが、あなたが弱みにもなる。あなたは内側から彼を壊すことができると、いい加減に理解しなさい」 「………ッ!」 透は八雲の言葉にハッとする。 「あなたが居なくなれば、彰広さんは駄目になるかもしれない。その時は、彰広さんの代わりに他の誰かに頭を挿げ替えるだけです。使い物にならなければ、誰であろうと切り捨てま」 「なっ!?」 「ゼロか百かです」 八雲は射抜くような目で透を見据えて、冷たく言い切った。 「今のようにグズグズと揺らぐようなら逃げなさい。後の事はお気になさらず。 自分がどうしたいのかだけを考えなさい。彰広さんとは二度と会わないことです」 透は言葉も無く、八雲を見つめた。

ともだちにシェアしよう!