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第2話 初喧嘩
とある土曜日、俺はこっそりプレゼントを買いに行った。それというのもケーキ屋の店長がいい人で、俺の事情を話したら「週割りで給料出してあげるよ」と言ってくれたのだ。
グッジョブ、店長! おかげで俺は元手3000円と1週間分の給料を足して、和樹へのプレゼントを買うことが出来た。
今日もバイト。でも気持ちはホクホクだ。俺は楽しく弾んでその足でバイトに行く……はずだった。
「あれ?」
プレゼントを買った店の少し先、そこに見覚えのありすぎる後ろ姿が見える。見間違えるはず無いじゃないっすか、愛しいダーリンですよ?
でも、俺の目の前に広がったのはいっそ嘘だと言って欲しかった。
「なんで…」
プレゼントを買ったのを見られたくなくて咄嗟に隠れた俺は、視線の先を見て固まった。そこにいるのは間違いなく和樹だ。でもその隣りに、俺の知っている女子がいる。同じクラスの秋川という子で、女子水泳部のマネージャーをしている。
俺の心臓、壊れたのかな。ドキドキだ止まらなくて、息が吸えない。なんか、震えてきた。俺、今何見せられてるの?
買ったプレゼントを痛いくらい握りしめた。
和樹はなんだか心配そうに秋川を見ているし、明るく元気な秋川はなんだかしおらしい顔をしている。
嫌だ、こんなの見たくない。和樹は俺の事嫌いになったの? やっぱ女の子がいいわけ?
その間に、二人は女子が好きそうなカフェへと姿を消してしまった。
=====
「どうしたの正木ちゃん!」
真っ白になってバイトに来た俺に、姉貴の友人で俺をこの店に紹介してくれた三代川さんが声をかけた。
優しいお姉さん系の三代川さんは俺の事を姉貴以上に可愛がってくれるが、残念この人も例に漏れず腐女子だ。
「三代川さん、俺ぇ…」
俺は目にたっぷりの涙を溜めて三代川さんを見た。それに、店長さんも大慌てで駆け寄って来て、俺を奥のロッカールームへと連れていってくれた。ロッカールーム兼休憩室の椅子に座って、俺はたまらず泣き出してしまった。
「みよちゃん、先に休憩入っていいから正木くんの話聞いてあげて」
店長さんと奥さんが優しく三代川さんに言ってくれる。俺達の前には賄いではなく、おやつのケーキが置かれた。
「どうしたの、マサくん」
三代川さんは俺の前に座って優しく聞いてくれる。この人は奥に引っ込むと俺の事を「マサくん」と呼ぶ。その声ったら天使みたいに優しいっす。
「今日は恋人にプレゼント買いに行くって、楽しそうにしてたじゃない。それ、そうでしょ?」
手に持ったままのプレゼントを見て、三代川さんは言う。俺はそれを胸に抱いて何度も頷いた。
「何かあったの?」
「う…」
「う?」
「うわ、き…してるぅ」
「えぇ?」
戸惑ったような三代川さんが俺を見ている。この人は俺の恋人が男で同級生で幼馴染みだって知っている。それを知って俄然応援するのだから、流石姉貴の友人だ。
でも俺のこれには、流石に焦ったっぽい。落ち着いたおっとり系お姉さんがオロオロしていた。
俺は今さっき見てきたものを三代川さんに全部話した。その間に鼻水ティッシュが沢山できた。それでも胸がヒクヒクして止まらない。俺は今も、見た物を否定している。
「それ、何か勘違いじゃないのかな? 確かめた訳じゃないでしょ?」
「でもぉ、でもぉ、おで、おどこでぇ」
「うん、酷い事になってるわね」
呆れないで三代川さん。涙と鼻水でどもってるだけですから。
それでも優しいお姉さんは流石だ。俺の頭を優しく撫でながら、ふんわりと笑ってくれる。どうしてこの人が俺の姉貴じゃなかったんだろう。神様恨んでやる。
「何か勘違いしてるだけかもよ? ちゃんと確かめてみないとね」
「おで、こあいよぉ」
「でも、このままにしておけないでしょ? もしかして女の子と二股掛けてるんじゃないかって疑いながら付き合っても、お相手の子を嫌いになるだけよ」
…それは、なんか嫌だな。
俺は涙を拭いて頷いた。鼻水もかんで、目の前のケーキも食べた。美味しくてほっぺた落ちる。
まずは、聞かなきゃダメなんだ。このままで放置はきっとダメなんだ。
萎えそうな気持ちに気合いを入れて、俺は次の学校でと必死に奮い立たせていた。
=====
休みが明けて月曜日。俺は自分のヘタレ加減に悲しくなっていた。
恋人になってから、毎朝俺は和樹と一緒に登校していた。帰りは部活をしている和樹が遅くなるかもしれなくて、一緒にならないから。
けれどこの日、俺は和樹よりも早く家を出た。どんな顔をして会えばいいか、分からなかったから。
その日の昼休み、和樹はなんだか不安そうな顔で俺を飯に誘いに来た。これもいつもの事だった。
俺達が飯を食うのはいつも決まって屋上に通じる階段。ここは夏は暑く冬は寒いから人気がない。だから選んだんだ。
俺はそこで、俯きながら飯を食っている。なんか、味がしない。
「正木、どうしたんだよ」
和樹は心配そうだ。でも、その「正木」って呼ばれるのが俺には苦しい。
和樹は学校では俺の事を今まで通り「正木」って呼ぶ。俺は「和樹」って呼ぶのに。今まではちょっと引っかかってもそれでよかった。でも今は、距離を感じる。俺だけ和樹が大好き過ぎて、和樹はそうでもないみたいに感じる。
「正木?」
「なぁ、和樹。先週の土曜日、どこにいた?」
暗い声のまま、俺は聞いた。和樹は目を丸くしている。
「なぁ」
「ちょっと、買い物に駅前にいたけど。どうして?」
「一人?」
「…一人だよ」
嘘つき…。
俺は立ち上がって和樹を睨んだ。流石に座っている和樹よりは立った俺の方が高い。俺は…情けなく泣いていた。
「浮気、してるだろ」
「え?」
「俺、見たんだからな。秋川さんと一緒にカフェに入っていったの」
「あれは!」
「あれはなんだよ!」
やっぱりだ。隠したのは、後ろめたいからだ。こんなの俺が敵うわけないじゃん。相手女の子だよ? 男なら普通、のっぺりした胸より柔らかい胸の方がいいじゃん。
それに、女の子なら隠さなくていいじゃん…。
「もう、いい」
「違う亮二、あれは!」
「分かったからもういいよ!」
聞きたくないよ、そんなの。決定的な言葉なんて、俺の心臓止める気かよ。
立ち上がったまま、俺は昼飯の袋を引っつかんで逃げた。和樹は、追ってこなかった。
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