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第12話

結論から言えば、ライブは成功に終わった。 元々順位だの審査だのがあるような会じゃあないし、自分の出番が終わったら片付けをして解散、という流れになっていた。俺たちもそれに従って会場を後にし、今はマネージャーさんが車で迎えに来てくれるのを公園のベンチに座って待っている。 この辺りは夜になっても比較的明るい。遠くに見える工場群が灯りに照らされるのをぼんやり眺めながら、俺はまだ熱をもっている気がする頬に手をやった。手のひらまでをすっぽりと覆う朱色のパーカーからは、少しだけ伊織さんの香りがする。洗濯をしてから返すために今も借りたままのパーカーを、体を冷やすといけないからこのまま着て帰りなと伊織さんに勧められたのはつい先ほどのことだ。体格差がある分俺にはやや大きめなそのフードは、ライブ中も、そして今も俺の表情をちゃんと隠してくれている。 「あー……楽しかった。今日はありがとう、柊。おかげですっげー楽しく歌えたよ」 「いえ、こちらこそ。俺も楽しかったです」 飛んだり跳ねたりしながら歌っていたのだ。伊織さんは俺よりもずっと体力を使っていただろうに、それほど疲れている様子もない。ならばおそらく、あのことを忘れてはいないだろう。俺は伊織さんがその話題に触れる瞬間を、神妙な心持ちで待っていた。自分から話を振るだけの勇気は、残念ながら持ち合わせていない。 居心地の良い静寂に包まれて、それから。 ついに伊織さんは、ぽつりと呟いた。 「これで一応、最初の約束は果たされたんだよな。正式にお前のものになる予定の部屋も準備は終わってるから、いつでも引っ越し出来るよ」 「……ありがとう、ございます」 「ん。――それで、な?俺は、できればこの先も柊と音楽演りたい。でも、無理強いするつもりはないんだ。そういうことはしたくない。だから、お前がどうしたいかを素直に教えて欲しいんだけれど……」 おそるおそる、という風にそう言うと、伊織さんは首を傾げてこちらを見た。どうしたいかと聞かれれば、俺の答えは1つだ。だから迷いはない。ないけれどやっぱり気恥ずかしくて、俺は数秒躊躇った後覚悟を決めて口を開いた。 「俺は、伊織さんと……貴方と一緒にこれからも音楽演りたいです。だから、その、」 不束者ですがよろしくお願いします! 勢いに任せてそう叫んだ瞬間、隣から腕が伸ばされて。 ぎゅっ、と力強く抱きしめられた。 背に回った手の感触と顔の近さに思考が止まって、熱が頬を通り越して顔全体に広がっていく。 待って。待って。待って。 「い、いいいいいいい伊織さんっ!?」 「やばい、めちゃくちゃ嬉しい……!」 「あ、はい、光栄です?じゃなくて、えっと」 「ありがと、柊。ほんとに……ありがとう」 「は、はひ……」 髪が首に当たってくすぐったい。 違う。なに考えてんだ俺は。一回落ち着かせてお願い。 結局俺は解放される時まで混乱しっぱなしで。 だから次に続いた言葉にも、すぐに反応できなかった。 「それと、」 「う、ぇ?」 「もう1つの返事も、もらえると嬉しいな」 そりゃああれだけ好き好き言ったんだし。 悪戯っぽくそう言った伊織さんの顔をまともに見ることもできずに、俺は真っ赤になった顔をフードで隠しか細い声で答えた。 「――……、」 第1部『青の救済』 完

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