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第13話

司会者が興奮交じりにその名を呼んだ瞬間、会場中に歓声が響き渡った。 照明が落とされ、スポットライトがステージ上のグランドピアノを照らす。黒い天板が光を浴びてキラキラと輝いている。その正面に、フードを目深に被った人物が座っていた。客席から彼、あるいは彼女の顔を伺うことは出来ない。性別も、歳も、何もかもが不明瞭だ。 フードの人物が両の手で鍵盤に触れる。片足をペダルの上に乗せ、刹那の逡巡の後、“ピアニスト”は力強く鍵盤を押し込んだ。まるで生き物の様に滑らかに白い指先が踊り、旋律を奏でていく。先陣を切ったその澄んだ音色に、ギターとベース、ドラムが続いた。 青空色のペンライトが会場を埋める。“ピアニスト”はフードの内側から同じく青い瞳でちらりと客席を見ると、誰にも見えないようにひっそりと笑った。時に緩く、そして鋭く音色が広がっていく。 しかし、その音楽には何かが欠けている。 会場中の誰もがそれを承知していた。 故に彼らの音楽は未だ完成には至っていない。観客たちは遂に全員が立ち上がり、頬を紅潮させてペンライトを振っている。装飾のついた団扇を掲げる者もいた。曲の勢いが増すごとに歓声も増え、それに応えるように旋律は大きく激しいものになっていく。 そう、彼らは待っているのだ。 最後の一欠片が現れ、彼らの音楽が完成されるその時を。 不意に、ピアニストが指を止めた。それに倣って、他の楽器たちも音色を消す。耳に痛い程の静寂が満ちて、観客たちは息を呑んだ。 ステージ上の画面が、ピアノの側面を映している。カメラはそのまま滑らかに左にずれ、ピアニストの横顔を映した。フードに覆われているため彼、あるいは彼女の表情を読むことは出来ない。まるで時が止まっているかのように、ステージの上に立っていた者たちは例外なく静止している。それは1秒だったか、1分だったか。おそらくは観客たちの視線を一身に受けていたピアニストは、ゆっくりと右の手を鍵盤から離した。そして、次の瞬間。その指先は、自身の背後ーーステージの中央を指し示した。示された場所へとスポットライトが移動し、カメラもまた誰もいないステージ中央を映し出す。 しびれを切らした誰かが、張り裂けんばかりに声を上げる。それに誘われて、観客たちは各々自由に数人の名をよんだ。 瞬間、閃光が走る。 再び旋律が奏でられるが、そちらに気をやる余裕のある観客はいない。それほどまでに鮮烈に、あるいは劇的に、その人物はステージ上に現れた。 いくらか声量の増した歓声を受け止めて、“彼”は伏せていた両目を開く。 夕焼け色の双眸を晒し、マイクを手にした青年は高らかに叫んだ。 「Look at me, please.」 「We are 『Mr. Music』!!」 音楽が変わる。 待ち望んだ“完成の時”を喜ぶ様に、自らその全てを塗り替える。 それを受けて、彼は振り上げた片手を観客たちのいる方へ振り下ろした。ぱぁんと軽い破裂音を伴って、舞台仕掛けが動き始める。 そうして、未完成の旋律に歌声が重なった。 これは彼らの物語。 無限の音楽を夢見た「偶像」たちの、頂点を目指す物語。

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