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第14話
北海道は一年のほぼ半分が冬であると言っていい。
年によっては10月の後半にもなると雪虫が飛び始め、それを見てあぁもうすぐ雪が降るなと察するのが通例である。
故に。室蘭市内某所"Mr.Music"事務所3階、メンバー達の溜まり場になっているこの場所にも、既に大きめの炬燵が設置されていた。そこに肩まで潜り込んだ少年、――否、見た目がそうであるというだけで実際には最年長にして最古参たる彼"御神楽テオ"は、気の抜けた表情で息を吐いた。
「あったかぁ……もうおれここに住む……」
「脱水で喉死にますよー」
そうツッコミを入れたのは、長門ルカである。彼はテオの前に冷たい麦茶の入ったコップを置くと開いていた席に両足を入れた。そうして片手に持っていた自分の分の麦茶をあおると、隣に座っている柊を振り返る。
「お前は飲み物要らなかったん?」
「はい。さっき貰ったお茶まだ残ってますから」
緩くうなづいた柊の傍らに置かれたカップからは、確かにまだ湯気が上っていた。柊は自分の掌の上に顎を乗せ、かつしっかりと背中を伊織の脇腹にくっつけている"りぃ"、実は役場に登録してある正式な名前は"りりぃ"なのだが、とにかくそのスタンダードシュナウザーの頭を自由な方の手で優しく撫でた。
りぃを抱えるように横になっている伊織はぐっすりと寝入っていて、彼女の尻尾がぱたぱたと揺れても一向に目覚める気配はない。
「……そろそろ起こした方が良いですかね」
「いーんじゃね、別に。社長来てからでも」
そんな会話を繰り広げる2人の向かい側、この場に於ける唯一の女性――あくまで外見は女性に見えるその人物は、つい先ほどまで両腕を枕に眠っていたにも関わらず唐突に顔を上げたかと思うと、おもむろに自分の長い髪の根元を掴んだ。
2人の視線が自然と彼女の元へ向かう。
それを気にも留めず、彼女――否、"彼"は自身の髪を引き下ろした。
「……めっちゃ蒸れる」
長髪、のかつらの下から現れた同色の短い髪をぐしゃぐしゃとかき回し、欠伸を1つ漏らした彼"皇宗汰"の姿に動揺を見せる者は誰もいない。彼らにとって宗汰が仕事のために女装をしているというのはもはや共通認識であり、その中性的な見た目に反した大雑把ともいえる仕草も、普段から見慣れた光景でしかないのである。
「そりゃ蒸れるだろーよそんなもん被ってたら」
「事務所でくらい外してても良いんじゃ……?」
「そうなんだけどさぁ、やるからには完璧に、と思って。あっ先輩寝落ちた」
劇的ではないものの穏やかで、静かな日常。
近くライブがある訳でもなく、世界中の歌手達が半年を懸けて頂点を競う祭典"The_Sings"も、柊と伊織のユニット"glow"の優勝という形でシーズンを終えたばかりであり、来年度の予選開始まではまだ5ヶ月以上もある。そのため普段は芸能人として忙しい彼らも普通の青年に戻り、退屈ともいえる落ち着いた日々を過ごしていた。
しかし。そんな彼らの休日を呆気なく崩したのは、奇しくもこの場所を彼らに提供した人物だった。
派手な音を立てて、柊の背後にあるドアが開かれる。
宗汰が顔を上げ、りぃがぴんと耳を立て、柊とルカが振り返り、テオと伊織は両目を擦りながらそちらを見れば、Mr.Music社長"仙崎大和"がいつも通りの和服姿で仁王立ち、声を張り上げた。
「おいオメェら、歌劇やるぞ!」
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