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第15話

歌劇。 その単語を聞いた瞬間、正直心が踊った。 Mr.Music冬の定番、メンバーが演じるオリジナルのミュージカル。去年は確か日本神話がモチーフの脚本で、伊織さんは太陽の光や熱の神様『アメノホアカリ』役だった。あの時の伊織さん白地に赤で模様の入った和服がめちゃくちゃ似合ってて、かっこよかったなぁ。それに、役に合わせて横髪を上げていたからいつもよりちょっとだけ大人っぽく見えたのを覚えている。 俺はピアニストだから当然不参加で、普段のライブみたいに斜め後ろや隣からじゃあなく関係者用の観客席に座って見ていたのだけれど。なんというか、伊織さんのファンの人たちの気分を存分に味わうことができた。そりゃああんなにきゃあきゃあ言いたくもなるわ、ってぐらい久しぶりに真正面から見る伊織さんはきらきらしていて、指差してウィンクされた時には危うく失神するところだった。あれは本当に良かったなぁ。もちろんルカさんやテオさんがステージ上を動き回って歌っているのも素敵だったし、女神役だった宗汰は普段の姿からは考えられないくらい完璧に女の人だった。 またあの舞台が見られる。そんなの、テンションが上がらない筈がない! 炬燵のおかげで心地よくぼんやりしていた思考が一気に覚め、俺は思わず身を乗り出した。それを見た社長がにやりと笑い、炬燵テーブルの上に手にしていた数冊の冊子を乗せる。表紙には、『クラウディア』と印字されていた。 「今回演るシナリオの舞台は中世ヨーロッパ。クラウディアっつー傲慢な女王様が恋に狂って暴虐の限りを尽くすんだが、最終的にゃあそれが原因で暗殺されるダークファンタジーだ。主人公の女王クラウディアは宗汰、彼女から愛され謀殺される青年ジーク役がルカ。その妻イリス役はテオで――伊織、おまえさんはクラウディアを唆し暴君に仕立てる怪人エリックだ」 パラパラと台本を捲り、大体とあらすじを追っていく。女役が宗汰とテオさんなのはまぁいつも通りだし、世話焼きの良い人っていうルカさんの役も想像できるけれど……伊織さんは悪役なのか。 伊織さんが"Mr.Musicの太陽"って称されるようになってから、もう随分と経つ。外見はもちろん性格も春の日差しみたいな人だから、どちらかといえば正義のヒーローとか王子役とかのイメージがあるのだけれど。現に、俺が入るより前に隣国の王子役を演ったこともあるそうだし。 そこまで考えたところで、タイミング良くテオさんが口を開いた。 「いおりが悪役なのって珍しいね?しかもこの怪人って、ドSの腹黒い役じゃん」 「確かに……言われてみれば初めてかもなぁ。ちゃんとした悪役演るのって」 「伊織さん黙っててもなんかきらきらしてますから……悪役って感じしないですもんね」 「照れるなぁ」 「ひーらぎにはなにが見えてんの?天使?」 まぁ俺にとってはある意味間違っちゃいない。 内心そんなことを思いながら、誤魔化すように台本で顔を隠す。思わず口をついただけなので、深く考えないで欲しい。 怪訝な、というか呆れたような表情を浮かべているテオさんに反して、まだ若干寝ぼけているのかぼんやりしている伊織さんは何を思ったのかぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でた。 「で、柊は何役?」 いやいやいや、俺に役なんか当たるわけないでしょう。 なんせピアニストな上に顔出し声出しNGですよ? そうツッコミを入れようと口を開いた瞬間なんでもないような気軽さで放たれた社長の一言に、思考の何もかもが吹き飛んだ。 「もちろんあるぞ」 「は、」 はぁあああああ!?

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