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第17話

なんとなく言いたいことはわかったわ。 しばらくしてそう言った先生は、何を思ったか伊織さんを手招きした。不思議そうに近づいて来た伊織さんの腕をがしりと掴み、先生はにやりと口角を上げる。 「今日のレッスンは19時までよね。帰る前にいおりんくんとおひぃちゃんはちょっとだけ時間くれる?すぐ準備するから」 「別にいいですけど……なにかあったんですか?」 俺と先生の顔を交互に見比べた後で伊織さんがそう問うと、先生は満足そうにこう言った。 「おひぃちゃんの独占欲に火ぃつけちゃおうと思ってね」 時計の短針が7を少し過ぎた頃、言われた通りレッスン室に残った俺たちは顔を見合わせていた。すぐ準備するから、という言葉通り手早く用意されたキーボードが目の前にある。 「そういえば……さっきは結局なんの話してたんだ?」 そう訊かれて、俺は素直に経緯を答えた。発端はアイリーンの解釈についてだった筈なのだ。どうして独占欲云々に繋がったのかがわからないけれど。その旨を一通り説明すると、伊織さんは納得いったという風に「あぁ、」とうなづく。 「え、わかったんですか?」 「うん、いや多分、だけど。忘れて欲しくないとか、自分のための行動が嬉しいって思う感情を突き詰めると独占欲に繋がらない……こともない?みたいな」 だめだ。いまいちピンとこない。 まぁそのうちわかるだろうと俺は一旦諦めて、傍らの伊織さんを見上げた。 「そっちは、どうですか?エリックと伊織さんってだいぶイメージ違いますけど」 「うーん、確かにいつもよりは難しいかな。でも思ったよりは全然大丈夫」 「そういうもの、ですか」 「ん。柊と出会う前なら苦労してただろうけどね。好きな人がいるってどういうことか今ならちゃんとわかるから」 思わず言葉を失った俺の横髪に指先で軽く触れて、伊織さんが笑う。瞬間意思に反してぶわりと熱を持った顔を慌てて手で隠しながら、俺はくすくす楽しそうに笑ってる伊織さんをなんとかじろりと睨んだ。 だからそういう、そういう恥ずかしいことを急にしないでって言ってるのに……!心臓止まったらどうするつもりなんだこの人は! 「あーあ、ほっぺた真っ赤」 「誰のせいだと思ってんですか……」 「俺かなぁ?」 「よくおわかりで」 片手でぱたぱたと自分を扇いで真っ赤になっているらしい頬を冷ましていると、途端に下の階からりぃの吠える声が聞こえてきた。喜んでるっぽいから多分誰か来たのだろうけれど、でもこんな時間に? 続いて階段を上ってくる音が聞こえて、ドアの方を振り返る。直後勢いよくドアを開けたのはさっき姿を消した先生で、その後ろには見知らぬ男性が立っていた。 「彼はあたしの知り合いのピアニストよ。お願いして来てもらったの。今から一曲弾いてもらうから、いおりんくん、歌ってくれる?」 言うが早いか先生はピアニストだという彼をキーボードの前に誘導し、楽譜を渡す。未だ状況を把握できずにぽかんとしている俺を横目に先生は伊織さんにも楽譜を渡し、にっこり笑った。 「おひぃちゃんは、いおりんくんにスカウトされたのよね。だから余計に気付かないんだと思うの。端から見てるとあからさまなんだけど、自覚してないのよね。だったらこうするのが一番早いわ。アイリーンがエリックをただ見守っていた"共犯"の関係と、そこに至った感情。荒療治で悪いけどきっちり実感してもらうわ!」 「あの、えっと……どういうことですか?伊織さんが歌うって、じゃあ俺は、」 「おひぃちゃんはあたしと見学。大丈夫、一曲聞けばわかるわよ」 腕を引かれて、少し離れた場所に移動させられる。訳もわからずおろおろしている俺に、先生はウィンクを1つ。 「自分以外の誰かの伴奏でいおりんくんが歌ってるのを見れば、ね」

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