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第23話

唐突だけれど、りぃは基本的にいい子だ。 犬の割にこちらの言葉をちゃんと理解しているような節もあるし、俺自身何度もりぃの気遣いに救われている。Mr.Musicのメンバーは大体きらきらしているからよく圧倒されている俺を励ましてくれることもあれば、理由もなく落ち込んだり不安になる俺にくっついて慰めてくれることもある。伊織さんにいっぱい愛されて育ったからなのか人見知りもしないし、手入れが行き届いた毛並みはいつもふわふわしている。個人的には匂いが好きだ。ペットショップとかに行ったときに感じる匂いに似た、動物独特の匂いに癒されることが多々ある。閑話休題。 それはそれとして。 基本的にいい子ということは、例外があるという意味でもある。特に、テンションが上がっている時、とか。思い返せば初めて会った時も、りぃは散歩中に伊織さんをぶっちぎって俺に飛びついて来たのだった。あの伊織さんがついていけなかったんだから、普段から全く運動しない俺の貧弱な体力でりぃについていける筈がなかった。 結論からいえば、あの日の再現である。 道の駅みたら室蘭名物のソフトクリームに釣られたりぃはちょっとのランニングで息も絶え絶えだった俺の手を離れ、次の瞬間知らん人に突っ込んでその手からソフトクリームを奪ってしまった。 アスファルトに転がったコーンに「やっちまった!」みたいな顔をしてこちらを振り返るりぃ。 その鼻先からあご髭を白く染めるクリームをぼんやり見つめながら、酸欠気味の俺の頭は着々と現実逃避を始めている。 ご主人に似て、甘党なわんこだなぁ。なんて。 「すみません!でした!」 20歳超えてもまだ若干対人恐怖症気味な俺にはなかなかハードな状況だが、そんなことを言っている場合じゃあない。慌ててそちらに駆け寄った俺は、りぃが突撃してしまった青年に向かって勢いよく頭を下げた。ちらっとしか見ていないけれど、確かこの人、金髪でメガネをかけていた気がする。加害者側の癖に言えたことじゃないが、怖い人じゃないといいなぁ。弁償くらいでこう、丸く収まってくれればと都合のいいことを考えながら、俺は青年からの返答を待った。 時間でいえば数秒程度。でも俺にとってはもっと長く感じる間を置いてから、青年が身動ぐ気配がして。 次の瞬間。 素早く取られた右の二の腕が、頭上にぐいと持ち上げられた。 咄嗟のことに声も上げられない。眼鏡のレンズ越しの茶色い瞳に、完全に怯んだ情けない自分の顔が映っている。 「な、なに」 「いやおにぃさんさぁ、」 物理的に上がった顔をじぃっと見つめられて、あまりの居心地の悪さに俺はたじろいだ。正直、逃げ出したい。けれど掴まれた腕に感じる圧力が弱まる気配は無く、身長差からつま先立ちになっている状態じゃ距離を取ることも出来ない。心配そうにこちらを見上げているりぃを安心させてやる余裕すら今の俺には無くて、必死に目を逸らしながら胸中で「助けて伊織さん」と連呼した。 すると青年は、急にふっと笑って。 「あー思い出した。あんたあれっしょ、"glow"の」 「――、え」 「不知火伊織?と組んでるピアニストのヒト、だよね」 なんで。 だって俺、ステージに立つときはいつもフードだし。声だって出したことなくて、だからバレる筈ないのに。 本当なら、人違いですって否定すれば良かったんだろう。けれど予想外の指摘に言葉を失って、固まった俺を正面から見据えた青年が喉を鳴らして笑う。 「ラッキー。やぁっと会えた」

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