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第24話

一か月付き合ってさっき別れた彼女が、吐き捨てるようにこう言った。 「"ゆーた"って私をほんとに好きだったことあるの?」 なんだわかってんじゃんって思ったけど流石に口には出さなかった。そりゃあね、このくらいの空気は読みますよ。そしたら遂に限界迎えたみたいな顔した彼女は、買ったばかりのソフトクリームを押し付けて去ってった。「もう要らない!」ってこれ、口つけたやつだよね。もったいねぇけど捨てっかぁ。なんて考えてた時だった。 後ろから飛んできた黒いロケット弾が、ちょっとの憂鬱と一緒にソフトクリームを吹っ飛ばしたのは。 さっきまでぶんぶん揺れてた尻尾がぴたっとおとなしくなって、鼻の周り真っ白にした中型犬がこっちを振り返る。アスファルトを汚すアイスの残骸を若干晴れやかな気持ちで見下ろしていると、後ろから焦り混じりの謝罪が聞こえてきて。そちらを向いた瞬間、脳裏に蘇ったのはある音楽だった。 1年くらい前だったかな。 丁度この場所で、路上ライブしてる2人組がいた。 別に路上ライブ自体は珍しい光景じゃないけど、でもギターじゃなくてキーボードだけ使ってたから、たまたま目を引いた。向こうからすれば大勢の立ち見客の1人。まぁ確実に覚えてないだろうけれども、実はその時少しだけ話をした。 注目を集めてたボーカルの方じゃなくて、息を潜めるように裏方に勤めようとしてる地味なキーボードの方と。 きっかけは、演奏終わりに配られたビラが飛んできたのを拾ったことだった。ポップなアルファベットの字体で"ミスターなんちゃら"って書かれたそれが海風に飛ばされる瞬間を目撃しちまった俺は、反射的にビラを追ってこちらを振り返った青い目を視界に捉えていた。晴れた日の海の色に似た、澄んでる、ってだけじゃない深い色。それが俺を見た途端にぱっと伏せられた。そう、見開かれたとかきらめいたとかじゃなくて、伏せられた。 そこそこ女の子にモテるおれ的にはちょっと衝撃的な反応だった。いや目が合った瞬間みんなおれに惚れるんだぜーみたいなアホなこたー考えてないけどさ。あんなあからさまに、しかも初対面の男にあぁいう対応されたのはそりゃあ初めてですよ。路上ライブなんて目立つことしてる癖に人見知りかよ、なんてすこぉーしイラつきながら俺はそいつビラを差し出して。慌ててちょこちょこ寄ってきたそいつは両手でそれを受け取って、それから。 確か、ありがとうございますって言ったのだ。 たどたどしい感じで、でも客相手だからか必死に笑顔作って。それがまた、あんまりにも嘘くさいんだ。さも"慣れてません"っていう、一生懸命な笑顔だった。 遊びで付き合ってその延長で別れての生活をしてた多感な高校生に、年相応の恋を思い出させるくらいには。不恰好で、でも相手を思ったあったかい笑顔だったのだ。 それだけなら、いいもん見たなぁぐらいで済んだのかもしれない。けれどだめ押しだったのがこの後だ。そいつはぺこりと頭を下げると、またあの小動物みたいな動きで戻ってって。相棒のボーカルの男に駆け寄ると、後ろから服の裾をきゅって掴んだのである。まるで全身使って信頼とか愛情とか安心とかを表現しているかのようだった。 瞬間、思っちまった。 あぁあんな子良いな、って。ひっどい人見知りの癖にあそこまで健気に懐いてくれたら、うっかり守ってやりたくなっちゃうだろ、あれ。男だし全然タイプじゃないけど、まぁいっかって思えるくらいには魅力的だった。 ああいう子となら、メリットデメリットで汚い計算しなくても"好きだ"ってだけで恋人でいられんのかもしれない。 そんなことを考えて、でも名前を聞くタイミングも無く。なんせボーカルの奴にべったりだったからね、彼。そういうとこも燃えるんだけど。まぁこの辺でいっつも演ってんならまた会えんだろーって、呑気なことになんにもしないで帰ったのが多分一年くらい前だ。 結局、それからあの子には会えなくなった。何度も何度も臨海広場に足を運んだけど、全然会えなくて。次にあの子の姿を見たのは、意外にも付けっ放しだったテレビで、だった。 音楽の世界大会"The_Sings"。の、王者決定戦。俺でも知ってるような大御所アイドル相手に、いつか見た赤い目の青年が戦ってた。俺が見たときにはもう終盤も終盤で、ぎりぎり負けてた青年は次の曲で自己最高点出さなきゃ負け決定っていう瀬戸際で。あぁこいつ終わったな、とぼんやり思ってた俺は、チャンネル変えようとした。そんでリモコン取った、瞬間。 生まれて初めて、「目を奪われる」って経験をした。 だって、笑ったのだ。 絶体絶命の状況で、体力も多分限界で。肩で息をしてたそいつは、膝の手を付いて俯きながらも確かに笑った。ほんっとうに、楽しそうに。 それから、ステージの端にいる自分のピアニストをちらっと見た。ピアニストは1度うなづいて、弾き始める。 それが始まりだった。 今では伝説って呼ばれる、3分間の。 彼らの曲が終わった途端、実況のアナウンサーは興奮気味に叫んだ。「これがMr.Music!太陽は未だ沈まない!」 「挑戦者"glow"逆転!圧巻の世界最高点――!」 気づけば試合は、そのglowの勝利で終了していて。青年に応え続けた相棒、つまりglowのピアニストってのがあの子の正体だって俺はようやくわかったのだった。 路上ライブのバンドならともかく、世界一になったピアニストと早々会えるはずないし。半分諦めながらでも忘れられなくて、曖昧な日々を送りながらも俺は未練がましくあの広場に足を運んでいた。今日のデート場所にここを選んだのも、多分そのせいだ。 でもそれが、こんなことになるなんて。 神様とやらがいるなら心の底から感謝したい気分だった。いやこの場合は、俺に、っていうかソフトクリームに突っ込んできてくれたこいつにか。 「すみません!」って勢いよく頭を下げた犬の飼い主が探し求めたピアニスト君だって気づいた瞬間、俺はその手を掴み上げていた。

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