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第26話
「――……で?」
「えっと、なんか断りきれなくて……」
「だからっていきなり事務所に連れて来てどうすんのさ」
いやもう仰る通りです。
いかにも寝起きっていう姿で呆れたように言うテオさんに、俺は深々と頭を下げた。
あの後。
散々問答を繰り返した結果、俺の一存じゃ決められないし相談してみないとわからないと社長に判断を丸投げした挙句、「だったら事務所まで連れて行ってよ」という要求を断り切れずに結局出海くんを事務所までご案内することになったのだった。これ押し切られたって言うんじゃなかろうかと思わなくもないが、年下とはいえ初対面の人間相手に問答しただけ頑張ったということにして欲しい。昔の伊織さんだってこんなにぐいぐい来なかったぞ。唐突ではあったけど。最近の子ってみんなあんな感じなのかな。
事務所に着くと、まだ朝方だからか此処に住み込んでいるテオさんと社長以外の姿は見当たらなかった。早朝散歩が日課になっている社長はともかく、ぎりぎりまで寝ていたい派のテオさんを叩き起こす結果になってしまったのは本当に申し訳ない。そう謝ると、テオさんは欠伸混じりに「おまえの身長は170センチ以下だから許す」と言っていた。つまり俺が伊織さんとかルカさんくらいの大きさだったら怒られていたと。自分の平均より低めな身長に感謝しよう。
とりあえずは詳しい話を、ということになったのだけど、高校生に押し切られるような奴があんまり役に立てる訳もなく。早々に戦力外通告された俺は、現在風呂場でりぃを洗っている。お湯は苦手だけど暴れないようにきっちり躾られているりぃは、体を洗っている間顔を逸らし固まりながらもおとなしくしていてくれた。
鼻や口に湯が入らないように気をつけてソフトクリームだらけの顔をゆすぐ。
あーすごい甘い匂いする。これ乾かすのも大変なんだよなぁ。とはいえちょっとでもべたついてるとそのうち毛玉になるし。 伊織さんからりぃを預かっている身としては、それはちょっと避けたい事態だ。にしても。
「変な人だったな、あの人……」
呟くと、心なしか切なそうな顔をしたりぃが上目遣いで俺を見た。そんなに濡れるの嫌かぁ、と思わず笑みが漏れる。顔周りの毛はボリュームを失ってぺったりとなってしまったが、大体良いだろう。シャワーを止め、鼻を近づけてみても犬の匂い以外はしなくなっている。
身震いして水分を飛ばされる前にバスタオルで包み、わしわしと撫で回す。後でドライヤーかけて、ブラッシングしないとな。りぃはそこそこ大きさあるから大変だけど、でも毛並みをふわっふわに仕上げていく過程って結構好きだ。
好き、といえば。
今思い出したけどあの人、俺のこと好きとか言ってなかったか?
「……まさか、なぁ?」
伊織さんも最初一目惚れがどうとか言ってたし、俺の知らないところでそんな誘い方が流行ってるんだろうか。
そう呟くと、毛が濡れたせいで貧相なビジュアルになったりぃがこてりと首を傾げた。
早くドライヤーかけちゃおうか。
ぺたぺた足音をたてながら、俺は裸足のまま洗面台の戸棚を開ける。一応ジャージの裾は捲っていたのだけれど、やっぱり少し濡れてしまった。後で着替えなきゃな、なんてぼんやり思って。その時。
「ひーらぎー。社長が呼んでるよぉ、ちょっと来なー」
ドアの影から顔を覗かせたテオさんが、気怠げに俺を手招いた。でもまだ乾かして無くて、とドライヤー片手に伝えれば、じゃあ残りは代わってやるからとドライヤーを取り上げられ背中を押される。
彼は言った。
「出海くんだっけ?うちに入れるんだって。お前も今日から先輩だねぇ」
――なんて、冗談みたいなことを。
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