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第27話
曰く。
ビジュアルも申し分無し。歌唱力テストも合格圏内。まぁまだMr.Musicの歌手としちゃあ不足してる技量もあるけれど、これからきっちり仕込みゃあ充分戦えるだろう。動機が若干……いやかなり不純ではあるが。"始めるきっかけ"なんてそんなもんでいいさ。とりあえず試しで2ヶ月、そっから先は後で要検討だ。
――というのが、社長の出海君に対する評価だった。つまり"見所アリ"なのだろう。それは良い、別に。そんなあっさり入れるものなのかな芸能事務所って、って気もするが俺が言えたことじゃあない。特に何の実績も無かった癖にメンバー入りしてるんだから。
新しく人が増えようがどうだって良いのだ。"無期限活動休止中"の俺にはあんまり関係無い。そう、関係無いままでいられるなら、形式だけでも「おめでとう」とか「よろしくね」とか声をかけることだってできたのに。
「嫌です」
俺は自分でも意外なくらいにはっきりそう言って、正面から社長を見据えた。視界の端で出海君が居心地悪そうに身動いだが、気にしていられない。
「俺は、嫌です」
繰り返せば、少し目を細めた社長が「何でだ」と問うた。そんなの決まっている。本当は社長だってわかっているだろうに。
「一応事務所の先輩に当たるんですし、面倒を見るのは別に良いです。世話も焼きます。でも、ピアノだけは弾かない。弾きたくないです。"伊織さん"以外の伴奏を演るなんて――絶対に嫌だ」
「何も新しくこいつと組めって言ってんじゃねぇよ、研修期間中だけでも一緒に演ってやれってだけだろう?少し前はテオやルカの曲も弾いてたじゃねぇか」
宥めるようなその口調に、俺はぎゅっと拳を握った。確かに先輩達の曲にバックバンドのキーボードとして参加したことは結構あるけれど、あの日――伊織さんが事故に遭ってからは一度もない。いつだって1人で弾いていた。繰り返し繰り返し、刻み付けるように。この指が、あの人の歌声を忘れないように。
「……今は、駄目なんです。我儘言ってる自覚はありますけど、でも、一音だって上書きしたくない。あの感覚が少しでも薄れてしまったら、そんなのは酷い裏切りだ」
「あいつがそう言ったのか?」
「言いませんよ。言わないでしょうね、あの人は。だからこれは俺の自己満足です」
脳裏に浮かぶのは、数日前病院で会った伊織さんの姿だった。あんなに好きだった音楽を理不尽に奪われた、彼の。彼は絶対に言わないだろう。「待っててくれ」なんて、言葉の端から滲ませたことすらない。自分が見つけ出してステージに引き上げた俺の音だって、俺のためなら簡単に諦めてしまえる。そういう人だ。だから、
「伊織さんに"手放されないように"、必死なんですよ」
そう言うと、社長は手のかかる子どもに対するように眉を下げて笑い、「そうかい」とうなづいた。
「お前さんの言いたいことは、わかった。俺から無理強いする気はねぇさ、自分でちゃんとそう決めたんならな。しっかしなぁ、そこの新人が納得するかどうかは別問題だぜ」
「……はい?」
「そいつはな、お前さんに一目惚れしたんだってよ。やったこともねぇ音楽に手ぇ出すのも、ぜぇんぶお前が理由だ。――さて出海君よぉ。お前の言う"憧れの先輩"はこう言ってるが、イイコで言うこと聞くつもりはあるかい」
その挑戦的な言葉に、ついさっきまできょとんとしていたはずの出海くんが緩く口角を上げる。
「無理っすね。むしろ余計に燃えてきました」
「なっ……」
「つーことだ。お前さんに譲れねぇもんがあるように、そいつにも退っ引きならんもんがあるのさ。――俺はどっちの味方もしねぇ。お互い好きにしやがれ」
普通、ここまでばっさり拒否されたらいい気はしないんじゃないのか。だけど横目で伺った出海君の表情は、言葉通りにやる気たっぷりで。
何も言えずただぱくぱくと口を開閉する俺に、社長はいつも通り威風堂々と"宣言"した。
「出海が口説き落とすか、柊が意地を貫くか。気持ちの強ぇ方が勝つ。――昔っからそれがうちのやり方だろ?」
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