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第33話

あれからどうやってアパートに戻ったのかを、もう覚えていない。携帯にはルカさんから「大丈夫か?」とラインが入っていた。それに返事をする気力も、残っていない。 ふらふらと鍵をあけて、ドアを開く。きちんと玄関前に座って待っていてくれたりぃの姿を見たら、もうだめだった。 「っふ、……く、ぁ……――っつ!」 漏れ出した嗚咽を止められず、俺はりぃの体を抱きしめて泣いた。父に叩かれた夜だって、悲しくはあったけれどこんなに辛くはなかった。 伊織さんが、引退する。 音楽を辞める。 そんな言葉を彼の口から言わせてしまった自分の無力さが、なにより一等憎かった。 どうしよう。どうしよう。 どうしよう。 どうしたら良い。俺に何ができる? 一番苦しいのは伊織さんなのに、その彼に「勝手なこと言わないで」と縋るのか? あの優しい人がそれを伝えるのにどれだけ傷ついたかなんて考えなくてもわかるのに。 何がいけなかったのだろう。 どうして伊織さんがこんな目に遭うのだろう。 何も悪いことなんてしていないじゃないか。 どうして。どうして。どうして。 ――声を失ったのが俺だったら、もっとたくさん音楽が出来たのに。2人で、ずっと。一緒に。 どうして。 どうしたら。 そんな言葉が、ぐるぐる頭の中を回って。 「……どうしよ、りぃ」 事情を知らないりぃはそれでも切なそうな顔をして、じっと俺の話を聞いている。その体をぎゅうっと抱きしめて、俺はぐちゃぐちゃになった顔を隠した。 「いおりさんがいなくなっちゃう、」 それから一晩中、りぃの体に縋って泣いた。 不思議と涙は枯れなかった。 「……ひどいかお」 瞼は重たいし、目は充血して真っ赤だし。 この世の終わりみたいな顔してる、と鏡の中の自分を評価した。正直誰にも会いたくないのだけど、引きこもる気にはならない。Mr.Musicは、伊織さんがくれた居場所だから。 りぃは散々泣き通した俺を心配してくれているようで、いつもならまだ寝ている時間だろうにくぅくぅ鼻を鳴らして額を擦り寄せた。短い尻尾が元気なさげに下がっている。大丈夫だよと頭を撫でててやれば、垂れた耳がゆるりと倒れた。 「なぁ、りぃだったら伊織さんになんて言う?」 そんな風に問うてみても答えが返ってくる筈はなく、りぃは可愛らしく小首を傾げた。そうだよな。言葉なんかなくったって、お前はちゃんと伝えられるんだから。 「俺にもそれが出来たらいいのになぁ、」 そうしたら、何かが変わったかもしれないのに。

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