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第35話
“市立室蘭総合病院、第5病棟208号室”
ルカ先輩がさらさらっと走り書きしたその文字と病室に振られた番号とを見比べて、小さく息を吐く。あ、こういう時って花束とか持ってくるべきだったんかな。普段見舞いとか行かねぇしなぁ。その辺の作法がいまいちよくわかんねぇ。まぁいっか。
どうせ今日は和やかな話をするわけじゃない。
活動休止中の大先輩に、喧嘩売りに来たんだから。
おひぃさん(こないだそう呼んだらめっちゃ変な顔された)こと一ノ瀬柊に惚れて加入した俺がその相棒である不知火伊織を知らない筈もない。活動休止中、って噂は元から知っていたけれど、車に轢かれて入院中って聞いた時はそれなりに驚いたものだ、と同時に納得もした。昔会った時とおひぃさんの雰囲気がかなり変わっていたのはそういう事情があったのかって。
もちろん気にはなったものの安易に触れるのは躊躇われたから、今まで知らんふりを続けてきた。けど。
きっとこれは俺にしか出来ないことだ。
テオ先輩にもルカ先輩にも社長にもおひぃさんにも、かつての不知火伊織を知る人間には出来ない。
だったら俺がやるしかねぇじゃん。
おひぃさんにもうあんな顔されるのはごめんだから。
覚悟を決め直す。
そして俺は、静かに戸を叩いた。
スライドドアが滑らかに開いて正面の窓から陽の光が目に飛び込んでくる。その木漏れ日の中心には、真白いベッドの上に上半身を起こして座っている、ひとりの青年。
不知火伊織が、そこにいた。
“the_Sings”を制覇したglowのボーカルで、元世界王者。Mr.Musicの太陽――不知火伊織。活動を休止してからもう半年以上経っている。かつて映像で見た姿と比べて筋肉が落ちているような気もするけれど、依然としてその存在感は変わっていなかった。
観客としてステージの下から見つめていればなんてことはないのかもしれないが。同じ舞台に立ってみれば、押し潰されそうなくらいに実感する。
この人は、本物だ。
『きみは?』
不思議そうな表情を浮かべた彼はベッドサイドに置きっ放しだった端末を操作して、そんな文字をこちらへ見せた。
「出海悠太。出る海でいずみ。修学旅行の修にしたごころ付けた感じの“悠”と太郎の“太”で“ゆーた”。室蘭市立高校2年。Mr.Musicの新入りです」
「今日はあんたに、一ノ瀬柊さんのことで話があります」
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