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それから僕は必死に万里を育てた。京華ちゃんがいたときみたいに万里を甘やかすことはせず厳しく育てた。
いつか万里はこの会社を引っ張る人間。
万里には笑顔を向けなくなったし褒めることもしなくなった。
万里はきっと僕を恨んでいる。けれど万里にはどんなに辛くても一人で乗り越えられる力が必要だと思った。僕みたいに大勢の前で号泣するような人にしてはいけないと。…僕みたいに大切な人を裏切るような人間にしてはならないと。
自分の弱さを、裏切りを棚に上げて本当に最低な父親で最低な経営者であると自覚していた。そんな僕でも守るものだけは日を追うごとに増えていった。
会社も大きくなった。その分お客様も社員も増える。
誰も傷つけたくない。守りたい…
お客様は勿論のこと末端の社員まで気を配り、その家族も守り抜かなければならない。それが僕の使命。そしてそれを早くに万里にも身に着けてもらうためある程度の年齢からいくつかのホテルを任せた
あの日から史澗くんと会っていないし連絡先も相変わらず知らない。どこかで何をしているのかも穣くんからも聞かないようにして、穣くんからも何も教えないで欲しいと願った。
穣くんはとても複雑そうでだけどいろんな物を飲み込んで頷いてくれた。
必死で走ってきた気付けば万里は高校生になっていた。僕たちが卒業した学校にこの春から入学したのだ。
その頃の万里は周りの学友たちに大きな壁を作っていた。それは幼い頃からのことで…。そんな万里がある時から徐々に溶けてきて…そして…
「千里くんって子と友達になったんだ」
「千里さん?」
「うん。久遠寺千里くんっていうの!めっちゃ美人で優しくて…もうね、見てて幸せになれるの!」
万里が唯一心を許している運転手の北川に話しているのを聞いてしまったのだ
「…久遠寺…千里…」
万里が千里くんと出会ってしまった。そうなれば…先の未来を想像してしまった…
だめだ…それだけは…だめ…だけど…もし万里が千里くんの友人なら…いつか…また史澗くんと…会える?
だけど…もしも…万里が…俺と同じような気持ちになってしまったら…
これは早く手を打たねばならない…
それから幼い頃から口約束していた婚約話を進め始めた。
万里の初めての交際相手は女性だった。彼女とは長くは続かなかったがその後も万里の交際相手は途切れることはなく何人もいた。
相手はすべて女性だった。それを見ていてホッとしていた
万里は女性だけが恋愛対象なんだって…
そうして時は過ぎていく。そんなある日万里から話があると呼出された。
あまりないことなので不安になりながらも社長室に招いた
「父さん」
「なんだ?」
「後継者のことなんだけど」
それは僕も話そうと思っていたことだ。万里の働き振りを見て雇い主側より雇われた側のほうが生き生きと仕事ができていたからだ。
「僕でなくてもいいんでしょ?」
「…他に適任がいればな」
その人物にはすでに目星がついていた
「僕は現場で働く方が性に合っている。雇用主という立場にはどうしてもなりたくないんだ。東雲をこの規模で維持する。もしくはこれからも拡大していくのならば全てのお客様、社員たちを守り抜くことは僕ではできない。僕は自分のところにしか目がいかない。きっと、守りきれない。だから…その役目は北川がいいと思うんだ」
北川は早くに結婚していて子供たちももう既に親の手を離れている。どの子供たちも東雲で働いていて成果を上げ続けている。
そうして教育をしたのは他でもない北川。北川は表立って動くより雇用主として動く方が向いている。北川のお陰で今の万里があるといっても過言ではない
「お前はそれで良いのか?」
「東雲のためにはそれが一番いいと思う」
「わかった…」
その後全社員に北川のことが告げられたが誰一人それに異議を唱えるものはおらずすんなりと決定した
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