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 珠一の家は駅から10分ほど歩いた場所にある2階建ての一軒家だった。独りで住むには広すぎる。ガレージには2台分の駐車スペースがあるが今は珠一が乗っている5人乗りの黒のコンパクトSUV車が1台だけあった。 「んー、珠っちゃんチ…いい匂いやなぁ」 「嗅ぐなや」 「お邪魔しまーす」  次々と照明のスイッチをONにして家の中を照らす。初めて見る珠一の家に泰示は目を爛々とする。そして通されたのは20畳のオープンLDK。家具はシンプルで落ち着くオフホワイトやナチュラルウッド調のものばかりだった。 「なーんか…あれやね…結婚意識しまくっちょお感じやね」 「しゃあしい、ソファにゲロ吐くなや」 「そこまで酔おちょらんき大丈夫っちゃ。でん横にさして」  泰示はコートを脱ぎ捨てて床に放るとソファに横たわった。珠一はパントリーからペットボトルのミネラルウォーターを出して蓋を開けたままローテーブルに置いた。 「俺シャワー浴びるき、それ飲んじょけ」 「え?シャワー浴びると?」 「あ?当たり前やし。会社から帰ってすぐ着替えち行ったけん…」 「俺も一緒に浴びる」 「死ね」  泰示を殺意を含んだ目線で威嚇し珠一はさっさとバスルームへ向かった。珠一はいつものようにシャワーを浴びる。シャンプーなどにも時間をかけないのでものの10分で脱衣所に出て部屋着に着替えた。タオルで髪を拭きながらリビングに戻ると泰示はキッチンにいた。 「(なん)しよん?」 「ん?珠っちゃんの水割りん準備しよーち思ったっちゃけど…グラスとか場所わからん」 「はあ…」  珠一はタオルを首にかけたままキッチンに向かい泰示の隣に立った。 「何でアイスペールだけは出しちょるつか、そん隣にあったやろーが青ん焼酎グラスが」 「あれ湯呑みかち思おた」 「お前は酒呑まんき知らんのやろ。いい、自分でやる…お前は(つまみ)ん準備でんしちょけ」  そう言うと珠一は家に帰る途中にドラッグストアで調達した諸々をキッチンで出した。その中にはカルーアのリキュールとパック牛乳もあった。  珠一は泰示に冷凍の唐揚げを渡す。 「これレンジであっためろ」 「あいあいさー」  泰示は珠一に指示されたことが嬉しいらしく張り切ってレンジに向かった。 「珠っちゃん、こんレンジどげんして使うと?」 「…いや、お前ん実家もこれと同じ最新んオーブンレンジっち言よったやん」 「まだ俺使ったことねぇき分からん」  泰示は実家を出たことがない所為なのか、家事能力…というか生活力が皆無だった。最新式のオーブンレンジとはいえレンジを使えない28歳男、なんと情けないのだろうと珠一は頭を抱えた。 「もういい、俺がするき、お前はグラスで自分ん酒を作れ」 「はーい」  泰示が包丁もロクに使えないことも知っていたので、珠一は冷蔵庫から取り出したキュウリの1本漬けを簡単に斜め切りする。 「珠っちゃん」 「あ?」 「カルーアっちどんくらい入れるん?」 「瓶ん後ろに書いちょらんつか!」 「牛乳とどっち先に入れるん?」 「知らん!」  こんな調子で晩酌の準備は全て珠一が行った。

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