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第3話

 その日の夕方。労働は終わりという時刻になっても、秀瑛だけは持ち場から帰ることを許されなかった。 「お前のせいで作業が遅れた。その分働け」  石運びの作業が終わると、作業場に残された道具を秀瑛一人で片付けろと命じられた。  日はとうに落ち、他の労働者たちは夕餉を与えられ、各々の小屋へ戻っていた。鋤や台車を一人黙々と運ぶ秀瑛の側で、監視役たちが酒を飲み始める。 「早く終わらせねえと、食いもんがなくなっちまうぞ」 「なあに、どうせ残りもんだ。王様の口には合わねえよ」 「いいや。こいつはけっこう食い意地が張ってるぜ。いつもガツガツと口に運んでるもんよ」 「俺も見た。ここじゃあ身分なんぞ関係ねえもんな。王様も空腹には勝てねえだろうよ」  大声で秀瑛を貶め、それをつまみにして酒を飲んでいる。 「それにしても、一日で音を上げるかと思っていたもんだが、案外もってるじゃねえか」 「ああ、王様の泣き顔が見られると楽しみにしていたのによ。しぶといもんだ」  兵士の間では、いつ秀瑛が無様に泣き言を漏らすのかと、賭けをしていたようだ。 「俺ぁ三日と踏んだが、もう五日目だぞ。それに近平(きんぺい)よ、昼間のあれは、情けねえことになったもんだ」 「うるせえよ、黙っとけ」  秀瑛を棒でからかい逆襲を受けた近平が、声を荒らげ酒を呷る。 「だいたい生意気なんだよ。泣き顔一つ見せねえで、仏頂面で作業しやがる。少しは弱ったところを見せれば、こっちも可愛がってやるってのによ」 「無理無理。お前じゃあ腕の一本もへし折られて、逆に泣く羽目になるぞ」  ゲラゲラと笑い声が立ち、男たちの酒盛りが進んでいく中、秀瑛は命じられたとおりの片付けを終え、自分の小屋に帰ろうとした。 「おい、勝手にどこへ行くんだよ」 「仕事はすべて終わった。小屋に帰る」 「まだ終わっちゃいねえ。仕事終わりは俺たちが決めるんだ。お前は囚人なんだよ」  近平が横柄な口を利き、犬を呼ぶように秀瑛を手招きした。 「次の仕事は俺たちの酌だ。壬乃国の王様にみんな、酌してもらおうぜ」 「……それは労働とは思えないが」 「だからお前の決めることじゃねえって言ってんだろ。黙って注げよ」  目の前に椀を突き出され、兎人に酌をするという屈辱に、秀瑛は顔を歪めながら酒瓶を持つ。そんな秀瑛の表情に、昼間の鬱憤を晴らした近平は、満足したように下卑た笑いを浮かべ、秀瑛に酌をさせている。 「その着物も大概なことになっているな。そうだ、どうか私に着物をお恵みくださいと俺たちに頼んでみな。そうしたら替えの着物を与えてやるぜ?」 「けっこうだ」 「どうせなら女物の着物でも着てみるか? そっちのほうが似合いそうだ」  近平の声に、男たちが「そりゃあいい」と、手を叩く。 「そんで毎晩俺たちにこうして酌をしてくれよ。そしたら軽い労働に変えてやってもいいんだぞ。ほら、お願いしてみろ。『私に施しをしてください』ってな」  酒臭い息を吹きかけながら顔を近づけてきた近平の椀を奪い取り、その顔に酒を浴びせかけた。 「ぅわっぷ。……何しやがんだ、てめえ!」 「お前たちに施しを受けるぐらいなら、裸のまま労働したほうがましだ。その汚い顔をこちらに向けるな」  言いたいことを言い放ち、その場を立ち去ろうとした腕を掴まれた。 「……おい、待てよ」 「離せ。私は小屋へ帰る。お前たちの遊びに付き合っていられない」 「お前、自分の立場が分かってねえようだな」  握りつぶしそうな強い力で近平が秀瑛の腕を掴み、その顔は怒りでどす黒く変色していた。他の連中も笑顔を消し、不穏な空気が広がっていく。 「そんなに裸のままでいたいんなら、今すぐそうしてやるよ。……おい」  近平が顎をしゃくると、男たちが一斉に立ち上がり、逃げようとする秀瑛の髪を引っ掴み、引き摺り倒す。 「離せ!」 「俺らに命令をするな。お前はここじゃあ王様でもなんでもない、ただの囚人なんだよ」  藻掻いて抵抗するが、数人の男たちに両腕、腰、肩と押さえつけられ、動きを封じられてしまった。 「立場を分からせてやるよ」  着物の袷を掴まれ、一気に開かれる。上半身が露わになり、男たちから歓声が上がった。 「埃で汚れちゃいるが、流石に白いな。高貴な壬様の身体に触れるなんざ、光栄だ」  男の一人が笑いながら言い、ゴツゴツとした掌で撫でてくる。身体を捩って逃げようとするが、強い力で押さえつけられ、別の手が裾を割って太腿の上を這ってきた。 「やめろっ! 離すのだ!」  足をバタつかせて抵抗する。男たちは秀瑛の慌てる様子にますます喜び、何本も伸びてきた手に身体中を撫で回された。 「ああ、好い触り心地だ。女みてえな柔肌だな」 「全部脱がしちまえ」  目をぎらつかせた男たちが、秀瑛の衣類を無理やり剥ぎ取っていく。身体を押さえつけられ、大勢の男たちの前で、秀瑛は全裸にさせられた。 「こりゃあ……いい眺めだ」  肉の薄い身体つきに、スラリと伸びた脚と、細い腰。下生えは淡く、その下にある若茎も、細く白い。  秀瑛の身体を舐めるように検分した男たちの喉が、ゴクリと上下する。  無骨な腕が伸びてきて、秀瑛の項垂れた茎を掴んだ。 「っ……! やめろ! 手を離せっ、離せっ」 「暴れんなよ。今いいようにしてやるからよ」  ニヤついた顔で、秀瑛の雄芯を包んだ男が、その手を上下させ始めた。他にも腕が伸びてきて、肌の上を這い回っている。  腰を捻り、首を振る。中心を掴んでいる無礼者を蹴り倒そうと足を上げようとするが、膝を掴まれ、逆に大きく広げられてしまった。 「ああっ、何を……っ、やめろ!」 「王様のご開帳だ。みんな見てみろよ」  下卑た男たちの前で、身体を開かれてしまい、秀瑛は恐慌に陥った。叫び声を上げ、足をバタつかせるが、男たちの力は強く、どんな抵抗も利かない。慌てる秀瑛の様子に男たちの目の光が増し、ますます腕の数が増えていく。 「いい顔だ。ほら、泣いてみせろよ」  萎えたままの中心を、どうにか奮い立たせようと、男の手が蠢く。唇を噛み、やり過ごそうする秀瑛の表情を眺めながら、指先を先端に当て、擦られた。 「……っ、ふ、ふっ……」  声を出すまいと唇を噛みしめる。グリグリと先端を抉られ、ついには「……ああっ」と声が上がり、爆笑が起こった。 「感じてんじゃねえか? なかなか色っぽい声を出すじゃないか」  腕を押さえている男が耳元で囁き、ベロリと耳を舐めてくる。ゾワッとした感覚に眉を寄せて首を竦めると、また笑いが起こる。  こんな大勢の前で辱めを受け、感じるはずなどないのに、男たちは執拗に秀瑛の身体を弄くり回す。痛みと屈辱で顔を歪めれば、ますます面白がり、いたぶりが増していった。 「強情張らずに気持ちよくなっちまえよ。ほら」  強い力で茎を擦られる。あまりの恥辱に舌を噛み切ろうとしたら、すかさず髪を引っ張られ、上向かされた口にボロ布を突っ込まれた。 「うぅ、……っ、う、うっ」  息苦しさと痛みとおぞましさで、目に涙が滲むが、こんなやつらの前で無様に泣き顔を晒すのが悔しく、秀瑛は目をカッと見開いたまま、恥辱に耐えた。 「なんだ。まだ意地を張るのか。流石に壬乃国の王様だな。さて、どうやっても泣かせてやるよ。女みてえに犯してやろうか?」  身体を持ち上げられたかと思うと、そのまま地面にうつ伏せに押し倒された。腰を高く持ち上げられ、秘部に指が這う。 「っ、ぐ、ぅ……」  信じられない場所を露わにされ、秀瑛は首を激しく振った。逃げようと身体を前にずらすが、再び髪を引っ張られ、引き留められる。 「おお、おお。怖がっている。こりゃあいいや」  男たちの笑い声が響き、怒りと恐怖で目の前が霞んできた。男のモノで、自分のここを犯そうというのか。 「暴れんなって」  渾身の力で身体を振り、闇雲に手足をバタつかせながら前にのめるようにして進む。首の後ろを押さえられ、腕を引かれた。  ゴギリ、と鈍い音がし、左肩に激痛が走る。 「グ、……ぁ」  口に布を押し込まれたまま、獣のような音が喉から発せられた。  力を失った秀瑛の身体を、尚も男たちが押さえつける。 「観念したか? お前は今日から俺らの玩具として働いてもらう。いい娯楽ができた」  近平の声が後ろでし、「ちゃんと押さえてろ」と言いながら、ゴソゴソと着物を緩める音がする。 「一番乗りは俺だ。たっぷりと可愛がってやる」  興奮した声が聞こえ、秘部に硬いものが当たった。 「っ、んんんんっ、……ギ、ァ……」  メリメリと硬いものが秀瑛の身体をこじ開けようとする。大きく目を見開き、逃げようと腰を引くが、のしかかる力に動きを封じられ、尻の両たぶを開かれた。 「流石に狭いな。なかなか入んねえ。暴れないほうがいいぞ? おとなしくしていたら、いい目に遭わせてやるからよ」  生暖かい掌が触れ、秀瑛の尻を撫で回す。前が白み、目を開けているのに視界がぼやけてきた。  世継ぎとして生まれ、次の王になるべくして厳しい教育を受けてきた。叱りを受けたことはあっても、このような理不尽な目には遭ったことがない。身体を開かれ、秘部を犯される。大勢の前で泣き声を上げ、矜持を奪われることになるのか。 「……ぅ、ぐ、っ、が、ぁぁぁあああ」  舌も噛み切れず、このまま恥辱にまみれた姿を見物され、男たちに嬲り者にされる。今すぐ死んでしまいたいのに、それも許されない絶望に、秀瑛は喉から咆哮を放った。  不意に腰に回っていた腕が緩み、押さえつけられていた重みがなくなる。後ろにあてられていたおぞましいモノの存在が消え、身体に自由が訪れた。  何が起こったのか分からず、それでも死に物狂いで秀瑛は前に逃げようとした。霞んだ目の前に、男たちの足が見える。ここからまずは抜け出さなければと、全裸のまま地面の上を這いずった。 「……お前たちはなんということをしているのだ」  頭上から声が聞こえる。男たちはシンとして、誰も答えない。  力の入らない足を踏ん張り、秀瑛はようやく立ち上がった。下世話な憂さ晴らしに興じていた男たちが、直立不動の体勢で並んでいた。  まだ状況が掴めないまま、棒立ちしている秀瑛の前に誰かが跪いた。大きな岩のような身体が項垂れている。 「我が部下たちが大変な無礼を働いた。申し訳ない」  秀瑛の前で深く頭を下げているのは、壬乃国の王の間で対面した瑞龍という男だった。  茫然としている秀瑛の前で、瑞龍が「羽織るものを、何か」と、隣にいる兵士に命じている。それからまた秀瑛に視線を移し、痛ましげに顔を歪めた。  憐れむような瑞龍の表情に、カッと頭が熱くなる。秀瑛を凌辱しようとした監視兵たちは、棒のように硬くなったままその場に立っていた。 「怪我は……?」  立ち上がった瑞龍が秀瑛に向かって腕を伸ばしてきた。それを強い力で払い、秀瑛は飛び退った。 「今、着物を持ってこさせている。しばし待たれよ」 「いらぬ」  こんな野蛮人たちからの施しなど一切受けようとは思わなかった。  全裸のまま仁王立ちしている秀瑛を、瑞龍が見つめる。 「俺の監督が行き届かなかったのだ。申し訳ないことをした」  再び瑞龍が頭を下げるが、許すつもりは毛頭ない。大勢の前であのような恥辱を味わわされ、どう許せと言うのか。  怒りで身体が爆発しそうだ。  瑞龍に命じられた兵が着物を手に駆け寄ってくる。「これを……」と、差し出されたものには目もくれず、秀瑛は兵の腰に差してある剣を素早い動作で抜き去った。  誰が止める間もなく、自分の髪を掴み、切り落とそうと剣を振り上げる。左肩に激痛が走り、顔を歪めながらそれでも一気に剣を滑らせた。ブツリ、という音とともに黒髪の束が地面に落ちる。  自ら髪を切り落とし、全裸のまま剣を手にして立つ秀瑛の気迫に、誰も近づけない。瑞龍も目を見張ったまま、そんな秀瑛の姿を見つめるだけだ。  逃げようとするたびに、散々掴まれ引き摺られた自分のこの髪が疎ましかった。女のようだと言われた肌も、汚らしい手でまさぐられた身体も、自分の存在すべてが疎ましい。  過酷な労働にも、飢えにも寒さにも耐えられる。だが、侮辱されるのだけは我慢ができなかった。  天命は下らない。それならば自分の手で命を絶てばいい。  剣を逆手に持ち、動かない腕を無理やり上げ、秀瑛は自分の喉元に剣の切っ先を向けた。  兵士たちがあっと息を呑む気配がし、かまわず突き立てようとする腕を、瑞龍の手に阻まれる。 「触るなっ!」  血を吐くような秀瑛の叫びに、瑞龍が瞠目する。しかし腕の力は緩まず、秀瑛に自害の機会を与えまいとする。 「手を離せ。離さずば、お前を切る」  掴まれた腕を強い力で押し返し、山のような大男を睨み上げる。 「腕に怪我を負っているようだ。そのような態では上手く喉に突き立てることもできないだろう」 「うるさい! これしきの怪我など、どうともない」  手首が痺れ、左肩の痛みも増していた。だが、秀瑛は剣を持つ手を離さず、邪魔をする瑞龍に刃を向け、ジリジリと押していった。 「瑞龍様!」  剣の切っ先が瑞龍の頬を掠め、スゥと血が一筋流れ落ちる。兵士たちが声を上げた。 「手を離せ。私よりも先にお前の首が飛ぶぞ」  渾身の力を持って剣を押し当てる秀瑛を、瑞龍は静かな眼差しで見つめていた。剣では敵わないかもしれないが、死を覚悟した秀瑛には恐れも躊躇もない。  加勢しようと兵たちが取り囲むのを、「かまうな」と、瑞龍が押し留めた。 「身代わりばかりの木偶ではないようだな」 「私は壬乃国の新王、秀瑛だ」  燃えるような目で相手を睨むと、瑞龍が口端を引き上げた。頬を流れ落ちる血に頓着もせず、なぜか楽しそうにも見える表情が腹立たしい。  その余裕の表情を凍らせてやろうと、腕に力を込め、瑞龍の首に剣を押し当てようとするが、瑞龍は秀瑛の腕を掴んだまま、微動だにしない。 「……くっ」  力比べは長く続き、やがて瑞龍が勝ち、二人の間に距離ができた。 「なかなかの気迫だ」 「うるさいっ!」  すかさず剣を構え、対峙する秀瑛に瑞龍が言った。馬鹿にされたようで怒りが増す。 「やめておけ。今のお前では剣を振ることもできまい」  瑞龍が言うとおり、秀瑛の腕はすでに限界で、力は残っていなかった。それでも秀瑛は両腕で柄を握り、瑞龍に臨む。自害が許されないのなら、いっそ殺してくれという思いだった。秀瑛が斬りかかれば、瑞龍もやむなく剣を抜くはずだ。  だが、そんな秀瑛の殺気にも、瑞龍は気圧されることなく、丸腰のままゆったりと立っていた。よほど腕に自信があるのか。立ち姿だけで強さが見て取れるが、そんなことはどうでもよかった。  ジリジリと間を詰め、斬りかかる隙を狙う。こちらを見つめる瞳の色は深く、碧い。  ボタボタと汗が滴り落ちた。攻め込もうとしているのは自分のほうなのに、こちらが追い詰められていくようだ。  目が霞み、腕の力が抜けそうになるが、秀瑛は気力だけを頼りに一歩前へ出た。  苦しみは厭わない。死も恐怖しない。だが、侮辱されることだけは、どうしても許せなかった。自分は壬の末裔、壬乃国の王だ。辱めを受けたまま、おめおめと生き恥を晒すことだけはできないのだ。 「……はっ」  かけ声とともに瑞龍に斬りかかった。肩の痛みはもはや感じず、振り上げた腕がどこまで上がっているのかも分からなかった。  突進していく先に瑞龍の岩のような身体がある。そこを目指し、秀瑛は一気に駆け、剣を振り下ろした。  目の前の瑞龍は未だ動かず目の前にいる。差し違えたとしても、相応の痛手は負わせたはずだった。……だが、振り下ろした剣にはなんの手応えもなく。  何が起こったのだろうと思う間もないまま、秀瑛の視界は突然暗闇に包まれた。

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