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第4話

 冷たい何かが額に当てられ、秀瑛は闇から引き上げられた。  目の前に現れたのは、薄墨色の瞳をした少年の顔だった。 「……あ、起こしてしまいましたか。申し訳ありません」  鈴の鳴るような声とともに、少年が秀瑛の額に当てた布から手を離した。 「まだ熱が下がらないのです。苦しいですか?」  少年の質問に、改めて今の自分の状態を確かめる。身体は確かに重く、熱を帯びていた。自分は仰向けに寝ていて、手を動かそうとしたら、ビリ、と鋭い痛みが走った。 「ッ……、つ」  顔を顰め、痛みに耐えていると、少年が秀瑛の顔を覗いてきた。 「肩の筋を痛めているのだそうです。痛みがなくなるまで、しばらく動かさないようにと言われています」 「そうか。……して、お前は? ここはなんだ? 私はどうしたのだろう」  矢継ぎ早の質問に、少年は薄墨色の瞳を瞬かせ、「ここは王城の離れになります」と言った。 「王城だと?」  視線を巡らせれば、確かに秀瑛がいた小屋とは様相が違っていた。石を積み上げただけの穴蔵ではなく、人の手で建てられた家だ。天井は白く、燭台がある。  今横たわっている寝床も粗末な一枚板ではなく。綿の入った布が敷かれ、身体の上には絹の布がかけられていた。筋を違えていると言われた肩にも、丁寧に包帯が巻いてある。 「はい。秀瑛様は二日ほど目が覚めないままだったのですよ。怪我が治るまで、ここで養生するようにと。そのための世話役に、私が遣わされました。私の名はミトといいます」  よろしくお願いしますと頭を下げるミトの顔には、不本意であるという感情がありありと見て取れる。敵国の人質の世話などしたくないのだろう。それはこちらも同じだ。敵に情けをかけられ、手厚く看病されるなど、恥以外の何物でもない。  だいたいあの瑞龍という男は、壬乃国の王である秀瑛を憎んでいるはずだ。壬の血を根絶やしにしてやると言っていたではないか。 「どうして私が王城の離れになど……」 「瑞龍様の命です」  瑞龍に斬りかかった秀瑛はいとも簡単に躱され、首に手刀を受け、そのまま倒れたのだという。そして二日間こんこんと眠り続けた。囚人として収監され、過酷な労働を強いられた身体は、自覚するよりもずっとひどい状態だったらしい。その上監視兵たちに襲われ負傷し、そんな状態のまま瑞龍に戦いを挑み、沈んだのだ。 「瑞龍という男は何者なのだ?」 「瑞龍様は、この兎乃国の現王であらせられます」 「え……」 「前王、守部(もりべ)清寿(せいじゅ)様のお子、守部瑞龍様でございます」  一部隊の大将ぐらいかと思っていたが、そんなものではなかったらしく、秀瑛はミトの答えに度肝を抜かれた。 「しかしあの男は、戦に出ていたぞ」  瑞龍の腕が立つことは認めるが、それにしても一国の王が戦に先陣するものだろうか。 「瑞龍様はご自分で采配なさるのがお好きなのでございます。前王様も周りの官吏たちも、そろそろ落ち着いて城の政務に没頭してほしいとお思いなのですが、ご本人がそれを嫌がります」  どこにでも自分で出かけていき、自らが先頭だって動くのだという。今回秀瑛をここへ運ぶことになったのも、開拓の進み具合を自ら確認するために、作業場まで足を運び、秀瑛と監視兵との間で起こった騒ぎに出くわしたのがきっかけだ。 「瑞龍様は、とても心をお痛めになっておいでです」  監視兵たちの傍若無人な振る舞いに瑞龍は憤り、彼らを強く叱りつけ、そして負傷した秀瑛の養生のために、城の離れにあるこの部屋に運ばせたのだとミトが言った。 「ですからどうか、こちらで傷が治るまでゆっくりと身体を休めてくださいと、瑞龍様からのご伝言です」  薄墨色の瞳を持つ少年はそう言って、秀瑛の額に当てた布を手に取り、冷たい水の入った盆に浸した。

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