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美術準備室-2

 化学教師は高柳の他に、30になるかならないかのくせして頑固ジジイと煙たがられている、大竹がいる。この「頑固ジジイ」と2人きりで準備室にいると気がつまるからと、高柳は同じフロアの山中の美術準備室に入り浸っているようだった。  小さく、高柳が話している声が聞こえる。山中は聞いているのかいないのか、手の中の制作物を弄んでいる。 「山中先生、今日の帰り、どこで飯喰ってく?」 「魚が食いたい。ブリカマ的な」 「ブリカマ的な?」  高柳の男前の顔が、「それはブリカマとは違うのか?」と、小さく傾いだ。  高柳は女子に莫大な人気がある。年は20代後半で、背は設楽より高くて180cmを超えてるかもしれない。通った鼻筋にくっきりと男らしい眉をしているが、くどいというほどではない。まぁ、普通にイケメンだ。肩の力の抜けた飄々とした雰囲気で、学生臭さをどこかに残している。生徒ともタメ口で馬鹿話をするから、女子だけでなく、男子からの好感度も高い。  その高柳が、今日も山中の隣りに座っている。 「今何時?」 「そろそろ4時」 「じゃあ、ちょっと部活見てくる」  山中が立ち上がり、準備室内から直接美術室に出入りできる扉に手をかけた。 「高柳先生、コーヒー淹れといて」 「了解」  なんだよ高柳。俺と同じ化学部のくせに、教師ってだけで当たり前みたいな顔して美術準備室に出入りして、山中のためにコーヒーとか淹れちゃうのか。  設楽はドアの隙間から高柳1人が残された準備室を覗きながら、ぶっちゃけ羨ましいと溜息をついた。  高校に入学して最初の美術の授業の日。たまたま日直だった設楽が、山中にクロッキー帳を運ぶのを手伝うように言われて、2人で準備室に入った。美術準備室を通って美術室とは反対側に、教材置き場の小さな部屋がある。その狭い倉庫の中に2人で入るなり、山中は45人分のクロッキーブックを、設楽の腕の中にどさどさと山積みにした。 「重いよ、先生!」  焦って抗議すると、「じゃあお前がこっち持てよ!」と、かなりでかい石膏像を棚から下ろしながら、山中は設楽を睨んだ。 「これ、知ってる?ヘルメス。このイケメンを抱っこしたいってんなら、譲ってやるぞ?」  80cmは優に超えてる石膏の胸像を抱え上げる山中の背中が、弓なりに反っていた。腰に重心がかかっているのだろう、それを支える尻に、きゅっと力が入って締まっている。袖まくりした白衣から伸びた、張りつめた二の腕と筋の浮き出た手の甲。1本1本力の入った指先が、重さのためか微かに震えている。  自分を睨む山中の目は笑っていて、その目尻に刻まれた笑いじわに、設楽はふわりと持っていかれた。  うわ、こいつになら、あげても良い!!  一瞬浮かんだ乙女のようなその台詞は、中学から付き合っていた彼女の受け売りだ。何かにつけ感激すると「あげても良い!」を連発する彼女との間に、その台詞は「お約束」となっていた。  だが、不意に浮かんだその台詞が、設楽の中にしこりのように残った。  あげても良いって、あげても良いって、何を?  いや、あげても良いって……そうだよな、俺、童貞じゃないけど、処女だしな……。あげられるよ……うん、あげられる。  いやいやいやいや、待て待て待て待て。そんな、いきなりヤローにあげても良いなんて言われても、先生だって困るって!  じゃあ、俺が貰う?  え?何を?  いや、でも……。  美術の授業のたびに、設楽は1人悶々とした。  そうして最近では、むしろ「あげたい」くらいの気持ちになっている……。貰ってくれ、ぜひ受け取ってくれ!つうか、ぶっちゃけ襲ってでも受け取らせたい!  えぇ!?つうか何!?  俺、ホモだったのか~~~~~!!!!!!!!!  そうして設楽は、化学部員ですから!という名目の下、今日も美術準備室の前をウロウロする日々を送っている。  悶々としていると、山中が準備室に戻ってきたらしい。設楽の位置からでは棚が邪魔して見えないが、山中のものらしい、何かを啜る音がする。 「あぁ、高柳先生のコーヒー、旨いな……」  くそ~~~、高柳、お前その立ち位置、一日で良いから替わってくれ!!!
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