4 / 111

放課後ー2

 9月も半ば。外はまだいくぶん明るかったが、人影のない校舎はどこか作り物めいて見えた。窓から見える中棟の廊下も、暗く翳っている。化学室で良かった。これが生物室なら、相当怖かったと思う。  コーヒーご馳走様でしたと口の中で呟いて、窓の鍵締めと火の元を確認し、灯りを消してから外に出てドアに鍵をかける。  まだ、校舎の中には電気のついている準備室がいくつもある。ヨの字型の校舎の連結部分は、校長室とか職員室とかの教職員専用棟だ。職員室は二階にある。化学準備室脇の階段を下りようかと思ったが、ひょっとしたらまだ美術準備室に山中が残ってるかもしれないと、設楽はそのまま階段を通過した。  やった。美術準備室のドアの隙間から、灯りが一筋漏れている。足音を殺してドアの前に寄る。  中から、人の気配がした。  そっと中を覗く。  山中の背中と、その右隣に高柳が見える。今日は、高柳は机に座らず、山中の右隣に立っていた。  左手を山中の左肩に回し、肩の上に覆い被さるようにして……。 「……え……?」  設楽には目の前の風景が、何を示しているのか分からなかった。頭が、理解を拒否している。  チュッと湿った音がして、高柳の頭が肩の上から離れた。  目の前に霞がかかっているようだ。視界がぼやけて、何が行われているのかよく分からない……。 「……高柳先生、冗談はやめろって……」 「うなじ、綺麗なのになんで隠してんの?」 「隠しとかないと高柳先生がいたずらするからだろ」 「いたずらって、こういうこと?」  高柳の指が、山中の首を上から下へと辿る。白衣の襟をそっと広げ、下に着ているTシャツの中に指先だけ入れて、鎖骨の辺りをさすっているらしい。その手が、そっと下に動いていく。 「山中先生」 「……なんだよ」 「乳首、勃った?」 「ぶっ殺す」 「あ、ごめん。このくらいじゃ勃たないか。……勃たせても良い?」 「だから、ぶっ殺す」 「心配しなくてもさっき大竹先生帰ったみたいだし、このフロアに残ってんのは俺らだけだよ」 「……そういう問題じゃない……」  北棟の3階には、視聴覚室、美術室、化学室がある。視聴覚室には、もちろん誰も常駐していない。だから、北棟3階に常駐する教師は山中と高柳と大竹の3人だけ。下校時間を一時間も過ぎているから、生徒は全て下校している筈だ。大竹が帰った後なら、確かに誰もいない筈だった。  まさか廊下に設楽がいるとは、2人共気づいていないだろう。 「山中先生、もっといたずらしても良い?」 「出禁にするぞ」  高柳の指が、山中の髪に差し込まれる。髪を上に梳かれて、うなじから、耳の後ろの辺りが露わになった。  うわっ……!  設楽の心臓が跳ね上がる。  いつも無造作に隠れている場所が目の前に晒されている。それだけで、何でこんなにエロいんだろう……!!  その耳朶を、高柳が唇の間に挟んだ。 「……っ」  山中が、小さく息を呑む。 「山中先生、飯喰って、帰ろうか。続きは俺の部屋で」 「……お前……」 「それとも、ここで?」  山中を見下ろす高柳の目が、雄のフェロモンだだ流しだ。  俺の先生に、そんなエロい顔すんなよ!!! 「1人で帰れ!」 「冗談でしょ」  高柳の手が山中の後頭部にかかり、抱きかかえるように上に向かせる。高柳が唇を落とそうとした瞬間、設楽はその場から走って逃げた。

ともだちにシェアしよう!