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大きな罠ー1
「……設楽……」
山中の顔が即座に白くなった。今目の前で何が行われているのか理解できないのだろう。呆然として、僅かに顔を振っている。
「あ、あの……おれ……」
何か言わなくちゃ。そう思っても、何も言葉が出てこない。白い顔をしている設楽と山中を見比べて、高柳が満足そうに笑った。
「設楽、座れよ」
荷物置き場として使われていた図工椅子から画用紙の束をどかして、高柳が設楽に席を勧める。相変わらず、顔は笑顔だ。
「で?」
「え…?」
高柳は小型の冷蔵庫を開け、中から缶コーヒーを取りだして設楽に渡した。口の中で小さく礼を言って設楽が受け取ると、笑顔でもう一度、「で?」と頷き返してくる。
高柳が何を考えているのか分からない。
戸惑いながら、設楽はプルトップを引いた。
「で、設楽。基本的なこと訊くけど、お前って、ゲイ?」
「ぶはっ!」
飲みかけたコーヒーを、設楽は噴き出した。
「げほっ、た、高柳……!」
「あれ?ごめんごめん、そんな変なこと俺訊いた?」
ティッシュを2、3枚抜き取って渡すと、設楽は慌てて受け取り、口元と胸元を拭いた。
今、高柳なんて言った……?ゲイ……?え?それ普通、教師が生徒に訊く……?
「高柳、何考えてんだ。設楽、もう帰って良いぞ」
素早く山中が促すが、高柳は眼を細めて山中を振り返った。
「なんで?だって設楽、ずっと山中先生がいたずらされてるとこ、わざわざ毎日学校に忍び込んでまで見てたんだろ?」
「高柳!何言って……」
「だからさ、俺言ったじゃん?下校時間過ぎても学校に残っちゃダメだって。しっぽ巻いて逃げるかと思ったら、毎日見に来るんだもん。設楽があんまり必死で、なんか可哀相になってさ」
「高柳!」
山中の顔が引きつっている。
腹が見える程乱された衣服。いつも以上にくしゃくしゃの髪。
高柳が、先生をこんな風に……。
それなのに山中は、自分と高柳の関係がばれて引きつっているというよりも、高柳が設楽に何かしでかすのではないかと、そちらばかりを心配しているように見えた。
先生が、俺のこと心配して……。
そう思うと、設楽の腹は急に据わった。
「何お前、元々ゲイなの?」
「……男に惚れたのは、山中先生が初めてだよっ」
開き直ってぶちまけると、高柳は嬉しそうに笑った。
「そっか。可愛いねぇ、設楽。で、お前、山中先生どうしたい?」
「え……?」
高柳が、口角をにやりと上げて、凄味のある笑顔を見せた。
「山中先生を、抱きたい?それとも、抱かれたい?」
「高柳!」
いい加減にしろと、山中が高柳の腕を掴んだ。
「なに怒ってんだよ」
「設楽は生徒だぞ!」
「そうだよ?」
「そうだよじゃないだろ!?分かってんのか!?設楽は生徒で、男子で、未成年だ!変なことに巻き込むな!」
「変な事って……。じゃあ訊くけどさ。お前と俺が初めて寝たのって、いくつの時だよ」
「そ……」
急に、山中は口ごもった。赤くなって、視線を床に彷徨わせる。高柳は楽しそうに、ニヤニヤと笑った。
「なに、答えられない?じゃあ俺が設楽に教えてあげようか」
「高柳!やめろ!」
「俺達が初めてえっちしたのは15才だよね?何年生だった?」
「高柳!」
「何年生?」
高柳がこういう事を言い出したら、自分でも止められないのは山中にもよく分かっているようだった。悔しそうに下唇を噛みしめると、吐き出すように「中3だ」と答えた。
「男同士で、未成年で、おまけに中坊で。設楽より条件悪いじゃん、俺達。少なくっとも、設楽もう高校生だぜ?」
「状況が全然違う!あん時は俺たち中坊同士だったけど、今は教師だぞ!教え子で、しかも男子生徒に何考えてんだよ、犯罪だぞ!まさかお前、設楽相手に変なこと……!」
「変な事って?」
高柳が、挑むように笑いながら、山中を見る。
「だから……」
急に声の小さくなった山中の頬に音を立ててキスをすると、高柳は設楽を振り返った。
「じゃあ設楽、行こうか」
「行くって……どこに……」
今からでも遅くない。先生を連れてここから離れなくちゃ。高柳の言うことを聞いちゃダメだ。
そう思うのに、心臓が押しつぶされたような気がして、設楽は動けなかった。
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