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大きな罠ー2
ヤバイ。ここにいちゃヤバイ。高柳の笑顔の後ろに、大きな罠が口を広げて待っているのが見えるのに。
高柳は、まるで設楽の真っ青な顔など見えていないように、設楽が返事を返してくれた事が嬉しくてたまらない、という顔で笑った。
「どこ行くって、帰るんだよ。下校時刻過ぎてんだから当たり前だろ。はい、携帯出して」
「え?」
何を言われてるのか分からなくて、思わず素直に自分の携帯をポケットから取りだした。高柳は携帯を受け取ると、アドレスを開いて、勝手に電話をかけ始める。
「ちょ、高柳!どこにかけてんだよ!」
携帯からコール音が聞こえてきて、ようやく高柳は設楽に携帯を返した。
「ん?お前んち。今日夕飯食べれないって、お母さんに言って」
「高柳!?」
なんで、と、言い返そうとしたときに、携帯から母親の声が聞こえた。
『智くん?』
焦って、電話に耳にを当てる。
「あ、か、母さん?俺」
『何?今どこ?』
「えっと……、今まだ学校。部活で……あの……ほら、学祭の打ち合わせしてて……今日、遅くなるから、飯……えと、食べてくるから……」
『何よ、歯切れの悪い……。あ、デート?お母さん嘘つかれるより正直に言ってもらった方が良いんだけどな~』
母親の呑気な声に、よけい焦りが募る。すぐ脇に立っている高柳が、楽しそうに耳を寄せてきた。
「ち、違うよ、馬鹿!ホントに部活だって!」
電話に向かって叫ぶと、高柳が電話を取り上げた。
「あ、どもお母さん!いつもお世話になってます!部長の小早川です!設楽借りても良いですか?」
な!
何してくれてんだよ高柳!!
『あら!?やだ、ごめんなさい、小早川君?分かりました。わざわざありがとうございます。智くんに替わってもらって良いかしら?』
相変わらずクツクツと喉の奥で笑いながら、高柳が電話を返してくれた。なにが部長の小早川だ!別に普通に顧問の高柳で良いじゃないか!
『もう、智くん!本当なら本当だって言ってよ!お母さん恥ずかしいじゃない!まぁ、分かったからあんまり皆さんにご迷惑かけないようにね!部長さんによろしくね!』
電話を切ると、高柳を睨む。高柳は楽しそうに笑いながら、帰り支度を始めた。
「お母さん、可愛いな」
「まだ40ですよ。紹介しましょうか?」
「はは、俺にはユキがいるから良いわ」
「ユキ?」
女がいるのかと眉を寄せると、高柳が小さく吹き出した。
「山中先生の下の名前知らないの?山中由幸。昔からの知り合いはたいていユキって呼んでるよ?」
俺にはユキがいるから良い……?
その言葉が2人の関係の長さと重さを語っているようで、一気に足下が昏 くなった気がした。
「高柳、どこ連れてく気だ」
山中が眉を寄せて高柳の腕を引き留める。一瞬高柳はその手を見下ろしてから、そっと、柔らかく山中の手を握った。
「!」
すぐに手を引こうとしたが、高柳はそれを許さなかった。大切な物を包むように両手で包んで自分の肩から外させると、高柳は山中の手の甲にキスをした。
「た、高柳…っ」
きつく咎める声にも、高柳は全くひるんだ様子がない。きょろっと辺りを見回すと、山中の物らしいカバンを勝手に持ち上げて、自分のカバンと一緒に肩に担いだ。
高柳は有無を言わさぬ強引さで、2人を構内の駐車場に連れていった。国産の4WDの後部座席に設楽を押し込み、自分はさっさと運転席に座ると、助手席のドアを開けて「早く乗れ。腹減った」と山中を促す。
山中は、もう自分には拒否権はないのだと諦めたようだった。さっさと車に乗った2人を睨んでから大きく溜息をついて、やっと車に乗り込んだ。
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