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高柳ー5
「先生、大丈夫?」
「……大丈夫だと思うか……?」
心配そうに覗き込むと、山中が目を上げた。よほど設楽が不安そうな顔をしていたのだろうか、目が合うなり山中は少しだけ眼を細めて「ごめんな」と小さく言った。
「麺が伸びる前に食べちゃえよ」
高柳が自分のチャーハンにレンゲを突き立てながら、左手で酢豚と餃子をテーブルの真ん中に押し出す。
「こっちも食べて良いぞ、ユキ」
「……いや、今日は良い……」
「お前の好きな黒酢の酢豚だぞ?」
心底意外そうに言う高柳に、山中は舌打ちをした。
「食べれる気分じゃないんだ。分かるだろ?」
「珍しいな。でもラーメンだけは先に食え。他のモンは残しても後で喰えるから。ほら、設楽も」
促されて、設楽は気まずげに箸を取った。もう8時を過ぎていて、確かに腹も減っている。先の見えない状況に食欲のわかない山中の気持ちも分かるが、もうここまで来たら考え込んだってしょうがないのだ。
「ユキ食べないなら、設楽が酢豚喰う?」
「……喰う」
夕食はまるで通夜のように静まりかえっていた。
先ほどまで、高柳はばかばかしいほど笑顔を振りまいていたのに……。
気まずい沈黙の中で、まず高柳が、次に設楽が食事を終え、最後に山中がなんとか味噌ラーメンだけ食べ終えた。全ての食器を集めて、高柳がキッチンに消えていく。
緊張で皮膚が、ヒリヒリするようだった。
しばらくして戻ってきた高柳は、手にビールの缶を持っていた。
「飲むだろう?」
すでにプルトップが引かれているビールを、山中に渡す。すぐに飲めと言うことか。飲まなければやってられるかと、山中は渡されたビールを一気に煽った。
ごくごくと喉仏が上下する。
半分ほども飲んでからだろうか。
「ごほっ!げほげほっ……!なんっ!?」
激しくむせた山中に、慌てて設楽はそばにあったタオルを手渡した。山中はしばらくタオルに口を付けて咳き込んで、それから手に持った缶を確認した。何の変哲もないドラフトビールの缶なのに……。
「先生大丈夫!?ど、どうしたの……?」
山中が涙を滲ませて高柳を睨むと、高柳は肩をすくめた。
「ドッグズ・ノーズだよ」
「ドッグズ・ノーズ?」
「知らない?ビールベースのカクテル。配合は変えてあるけど」
「……ビールと、残りは?」
眉間を押さえて、山中が俯く。その手の甲まで、段々と赤味が増してきた。
「本当はビール2対ジン1だけど、そいつはビール半分コップに出して、半分ジン突っ込んだ」
缶に入っているから、口を付けないと匂いも分からなかったろうと、高柳が笑う。
「お前……」
眉間を押さえいていた手が、うなじに移動した。じんわりと下唇を噛みしめ、もう一度大きく溜息をつく。その溜息がゾクゾクするほど艶を含んでいて、設楽は背中に何かが這い上がってくるのを感じた。
「設楽」
高柳がもう一度立ち上がり、ビールの入ったグラスを持って戻ってくる。
……いや、残りのドッグズ・ノーズか……。
「な、なんだよっ!高柳、先生にひどいこと……」
「飲め」
設楽の前に、グラスが置かれる。何を言われたのか分からなくて、設楽はまだ泡の立っているグラスを見下ろした。それから、高柳の顔を……。
「……20才未満の飲酒は法律で禁止されている。我が校の校則でも」
言いかけた山中を遮って、高柳がグラスを設楽に押しつける。
「飲め。お前達には、大義名分が必要だ」
「なに……?」
「大義名分」
ゆっくりとビールの缶に残った液体を自分の口に含み、山中に口づける。びくりと肩が強張ったが、しばらくの抵抗の後、山中の喉がごくりと上下した。口元から飲みきれなかったアルコールが、雫になってこぼれていく。
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