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魔法の飲み物ー1

 翌日は水曜日で、山中も高柳も研修日で休みだった。放課後山中のいない学校に残っている理由もないが、家にいてもあの事ばかり考えてしまうだろう。  体の調子は、思ったよりひどくはなかった。いや、朝起きたときはどうしてくれようかと思ったが、山中が優しく丁寧にしてくれたおかげか、高柳の後始末が効いたのか、局部はそれほど痛まなかった。いつも使わないような所の筋肉痛も、若いせいか午後には大分マシになった。  少しだけ迷ったが、学祭も近いし、何となく設楽はいつもの化学室へ向かった。本当なら顧問の高柳の研修日は化学部も定休日の筈だが、もう1人の化学教師・大竹に声をかけ、化学室を開けてもらって、部活は毎日行われている。化学室に足を運ぶとまだ誰も来ていないらしく、中には掃除当番らしい見慣れない2年生が数人いるだけだった。 「大竹先生、化学部開けて良い?」  準備室を開けると大竹が書類をバサバサと振り裁いていて、設楽を見て無表情に手招いた。 「何すか?」 「ちょうど良いところに来た。これ手伝っていけ」 「え~、文化祭の準備したいんすけど」 「まだ誰も来てねぇだろ」  高柳より2、3個年上の筈の大竹は、毒舌でいつも人を喰ったような態度をしている。授業も厳しくて実験やレポートが多く、テストも相当エグいので、生徒からは全くもって人気がない。  でも、設楽はこの教師がそんなに嫌いではなかった。こんな言い方は何だが、下町っ子で口の悪い、去年亡くなった母方のじいさんと喋る雰囲気がそっくりなのだ。じいさんも相当なクソじじぃだったが、意地悪を言ってる時ほど愛情がこもっていることを、設楽はよく知っていた。だから、大竹がクソ意地の悪いことを言っていると、じいさんを思い出してついつい口元がにやけてしまうのだ。 「何すか、これ」 「予備校のテキストの下原稿」 「は?バイト!?あんたバイトしてんの!?」 「お前がどんな間抜けでも、番号打ってあるプリント位並べられんだろ。5部ずつに分けて、留めといてくれ」 「しょうがねぇな、高いよ?」 「後でコーヒー淹れてやる。俺のコーヒーは1杯1500円だ」 「中途半端に高いな……。もっと100万円だとか言えよ」 「お前は高校生の皮を被ったオカンか」  軽口を叩いていると、本当にじいさんと喋っている気になってくる。掃除当番の2年生が怯えた顔でこちらを伺っているのが、なんだか小気味良かった。 「高校の先生のくせして、予備校でバイトとか良いの?」 「バイトじゃねぇよ。テキストの作成を手伝ってるだけで、報酬は情報だ。次の研修日に持ってく約束してんだよ」 「研修日?」  渡された書類は本当に参考書か何かのようで、学校の教科書なんかよりよっぽど難しそうだった。これを大竹が書いたのだろうか……。っていうか予備校って……どこの予備校……? 「研修日は自分の研究や授業の研究に充てる日だ。他校に行ったり会合に顔出したり論文を探しに出かけたり、まぁ研究する上で平日動けないとやりづらいことをするために与えられた日で、休みじゃねえ。テメェの子供とネズミの王国に行くような奴もいるみたいだが、俺はだいたい予備校で働いてるダチんとこ行って情報やら資料やら煮詰めて、しこしこ原稿手伝わされてる」  真面目だろう?と嘯く大竹に、「休みの日ぐらいデートとかしろよ」と憎まれ口を叩くと、「だから研修日は休みじゃないっての」とやり返された。 「でもそうか。研修日って、そういう日なんだ……。なんか、先生たち休日多くて良いなと思ってた」 「バカが。そんな楽な商売は、この世にはない」  原稿の仕分けが終わったのを確認すると、ターンクリップを設楽に押しつけ、大竹は冷蔵庫の中のコーヒー豆を物色し始めた。 「お前は深煎り派?浅煎り派?」 「分かんないけど、こないだのコーヒーは旨かった」 「まぁ俺が淹れてるんだから当然だな。じゃあこないだと同じ豆で淹れるぞ。ブラックで良いんだろ?」
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