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小瓶の中の世界ー2
先生。
先生、先生、先生……。
────手で触ると、溶けて崩れる────
それでも。
「先生、俺は先生が好きだ」
────この小瓶は外から眺めるだけ。その中にある物に、触れてはならない────
それでも。
「俺は2人の玩具 でも構わない。先生に触れるなら、先生に抱いてもらえるなら、何だって構わないんだ」
────その切なさが、良いってさ────
それでも。
「だから先生、もしも悪いと思っているなら、こないだみたいに俺を抱いてよ」
「設楽……」
固く上擦った山中の声に、設楽は小瓶の中の結晶が粉々に壊れる音を聞いたような気がした。
それでも。
それでも、俺はその切なさを大切にしたいとは思えない。
直接触れたい。
直接感じたい。
先生と一緒に、粉々に壊れたい。
だって俺は、先生が好きだから……。
「ひどい事言ってるの分かってる。でも俺、先生が好きなんだ」
抱きしめる手に力を込める。うなじに唇を当てると、先生の匂いがした。
「……お前、バカだ。俺はお前が思ってるような奴じゃない。高柳が何であんな事したのか考えてみろよ。俺が……俺が」
言いかけた山中の台詞をかき消すように、抱きしめる手に力を込める。
山中を辱めたいわけでも、責めたいわけでもない。ただ、ほんの少しでも良いから、山中の中に自分という存在が入り込めたなら……。
「良いよ。先生がどんな先生でも、俺は先生が好きだよ!」
「……設楽……」
山中の手が怯えるように上がってきて、設楽の腕に触れた。びくりと、緊張で設楽の肩が震えてしまう。
設楽の腕をぎゅっと握りしめ、山中はしばらく動かずにいたが、ひとつ大きく息を吐くと、目を閉じて頭を設楽の胸に預けた。
「良いよ、設楽。本当は、俺もお前のこと、格好良いなって思ってたし……」
「え?」
山中の台詞が巧く頭に入ってこない。
今なんて言った?
俺のこと……?
頬がかぁっと熱くなって、胸がバクバクうるさかった。
今、先生なんて言った?
本当に?
本当に!?
頭がふわふわして涙目になっている設楽に、山中は眉を顰めた。
「……設楽、分かってる?俺は高柳とは違って元々ゲイで、10個も年下の自分の生徒を格好良いとか好みだとか、そういう目で見るような変態なんだよ?」
自嘲気味に吐き捨てる山中に、設楽は思わずきょとんと首をかしげた。
何と言ったら良いのか困っているうち、自然と頬が弛んでしまう。もちろんそんな顔を山中が見逃すわけもなく、イラっとした顔で前髪をうるさそうに払った。綺麗な眉間に皺が寄っている。
「何でお前そこで笑うんだ?」
「だって、俺が先生のこと好きなんだよ?男で10個以上年上の自分の学校の先生に発情してるんだから、それなら俺だって変態じゃん?っていうか、むしろ先生が変態じゃないと、俺だけ変態じゃ報われないし。だから、お互い変態なら良かったなぁと思って」
嬉しそうに笑うと、山中は奇妙な物でも見るような目をしてから、ぷっと吹き出した。
「設楽、お前ポジティブシンキング過ぎだろっ」
しばらく山中はそうして笑っていたが、笑いを納めると少しだけまじめな顔をして設楽に向き合った。
「本当に分かってるのか?俺、高柳とは別れられないんだよ?」
「どうして?先生、まさか高柳に何か脅かされてるとか?」
不安になって聞き返すと、山中は少しだけ驚いたように目を見開いて、それから小さく首を振った。困ったように、そして申し訳なさそうに目を閉じて、もう1度ゆっくりと目を開け、設楽を見つめる。
「俺が、高柳を好きだからだよ」
今度目を見開くのは設楽の番だった。
なんて端的な言葉だろう。
言い訳も躊躇いもないその言葉は、逆に清々しいほど山中らしかった。
そんなことは最初からちゃんと分かってる。
────それでも。
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