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茜色ー2

 そっと、山中の髪に指を差し込み、こめかみに唇を寄せる。ぴくり瞼が動いたが、山中はそれでも暫くの間、うとうとと微睡んでいた。  山中が目を醒ます迄の間、設楽は山中の隣りに横たわり、ずっと彼を抱きしめていた。大好きな山中が腕の中にいると思うと、堪らなく幸せだった。 「……設楽……?おはよう……」 「おはよう、先生」  設楽が満面の笑みを向けると、山中は少しだけ困ったように顔を歪め、それでも笑顔を見せてくれた。 「朝飯、食べる?」 「うん」  設楽におはようのバードキスをすると、山中は床に落ちていたジーンズを穿いてから、キッチンでうろうろし始めた。あっちの棚を覗いたり、こっちの抽斗(ひきだし)を開けたり……。時々設楽を振り返って、少し焦ったようにごそごそしている。 「せ…先生、どうしたの?あの、無いなら俺別に朝飯……」 「いや!どっかになんかあったと思うから、ちょっと待って!」  結局山中は、散々オロオロした後「普段朝飯食わないから、こんなんしかなくてごめん」と、恥ずかしそうにカップヌードルをテーブルに置いて、設楽の顔を窺った。 「ぷぷっ!先生、ちょ、朝から可愛すぎでしょ!」 「うるさい!そ、そんなことより、体の方は大丈夫なのか?」  正直を言うと、まだ大分辛い。しかし山中に心配をさせてはいけないと思うと、気力で笑顔を安売りする。その笑顔に、山中はいよけいに眉を曇らせた。 「ごめん、昨日俺やり過ぎたよね。つーか、最初からここですりゃ良かった……。あんな作業台の上で……。あん時は俺もすごい興奮しちゃって、後先のこと何にも考えて無くて……。ほんとにごめん……」  俯く山中に、設楽は慌てて手を振った。 「いや!別に先生が謝る事じゃないし!俺、学校ですんの超興奮したし!っていうか先生が興奮したなんて言ってくれたらそれだけですごい嬉しいし!それに俺、すげぇ元気だし!」  もう大丈夫とアピールしようとして、勢いよく背筋を伸ばし、腰に衝撃が走ってしまった。「いてて」と思わず顔を顰めると、山中の顔がますます歪んだ。 「きょ…今日は本当に、ここで寝ててくれ。D組だっけ?担任駒田先生だろ?俺、連絡しとくからさっ」 「大丈夫!ほんと!」  山中に、すまなそうな顔をして欲しくなかった。  当たり前の顔をしていて欲しかった。  ────高柳を、好きだからだよ────  そう言った先生に、罪悪感や義務感だけで抱かれたいとは思わなかった。 「でも、今日は体もきついだろうし……」 「大丈夫だって!それに俺学祭迄に8つも結晶作ることになってんだ。時間もったいないから、今日1個目作らなきゃ!」  わざと力一杯叫ぶと、山中もやっと笑ってくれた。 「そっか。お前、本当に実験好きだね」 「うん。普通の授業の時はそんな思わないけど、実験は面白いよ。それに、結晶すごい綺麗なんだ。見る?大竹先生に貰ったんだけど」  元々美術準備室の周りをうろつく口実のために入った化学部だったが、やってみると実験は面白かった。それは嘘じゃない。  でも、今はそれよりも、山中を安心させる方が先決だ。  高柳のやったことの責任を取るつもりで、山中が設楽と付き合ってくれたのだということは、設楽にもちゃんと分かっていた。  最初はそれがきっかけでも構わない。ここからは俺の頑張りだ。  先生が俺に申し訳ない気持ちにならないように。罪悪感を抜け出して、その先に進んでくれるように。可能性があるのなら、俺は諦めない。  立ち上がると膝の力が抜けそうになった。それでもできるだけそう見えないように体中の筋肉を叱咤激励して、なんとかベッドのあるリビングまで歩いて、制服に辿り着く。  ズボンのポケットから小瓶に入った正八面体の結晶を取り出して、不自然に見えないようにテーブルに戻った。 「ほら、これ。先生、こういうの好きじゃない?」 「あぁ、これは綺麗だな。鉱石じゃないのか?」  山中の顔がパッと輝いた。いつもガラスの作品を作っているので、きっと結晶も好きだろうと思ったのだが、その勘は当たったようだ。 「これはミョウバンなんだって。ほら、茄子(なす)の漬け物漬けるときに使う奴」 「茄子?ん?ごめん、よく知らないんだ」  あの空っぽのキッチンを見れば、それは当然に思えた。設楽は思わず笑い声を上げた。その笑顔に、山中の顔が憤慨する。 「なんだよ、なんで笑うんだよ!知らないもんは知らねぇよ!」 「ははは、先生はそれで良いよ。でもほら、綺麗でしょ?先生が好きなら、たくさん作るから学祭見に来てよ」 「そうだな。うん、頑張れよ」  山中の手が頬に触れる。  幸せで、設楽は屈託の無い笑顔を見せた。  ────例えそれが、愛じゃなくても────
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