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放課後の日課

 結晶のの実験は要領さえ押さえてしまえば、それほど大変でも面倒でもなかった。設楽は自分で思っていたよりもこういった事が好きだったらしい。材料を計り、丁寧に実行し、デジカメで記録を撮って、観測結果をまとめ、できあがった結晶が割れたり退色しないように保護する。時々大竹が様子を覗きに来るが、ほとんどアドバイスもなく、設楽の裁量に任せてくれていた。  できあがった結晶を、帰りに美術準備室に見せに行くのも日課だった。山中はとても嬉しそうに、感心して結晶を見てくれる。 「こういうの見てると、インスパイアされるよな。こいつを意匠にして何か作れないかな」  薬品の結晶だとそのまま使えないけど、と、残念そうに瓶の中の結晶を見つめている。水晶やデザートローズなど、結晶の形がそれだけで美しい貴石は、実際に頼まれてアクセサリーに仕立てたりしているのだそうだ。 「正八面体なんてフローライトみたいだな。でもミョウバンの方が角が立ってて、フローライトより綺麗だ。惜しいなぁ、これで手で触れられればなぁ」  2人が楽しそうに結晶について話していると、高柳は面白くなさそうに睨んできた。 「なんだよ、こういうの、高柳も得意なんじゃないの?化学教師だろ?」 「鉱石は地学だから、物理だろ。確かに薬品の結晶化は化学だけど、俺あんまり興味ねぇもん」 「なんだよ、先生が興味あるんだから、高柳も話し合わせれば良いのに」 「もうそういう時期は過ぎました」  つまらなそうにそっぽを向く高柳に「倦怠期か」と突っ込むと、山中が申し訳なさそうに笑った。 「まぁ、もう付き合って13年だからなぁ……。設楽みたいな反応が、新鮮で堪んないよ」  一瞬顔が朱くなった。山中の台詞がこそばゆい。  だがすぐにそうではないと唇を噛みしめた。  そういうことを言うのは止めて欲しい。  嬉しいと思ってしまうから。  さりげなく高柳とのつきあいの長さをちらつかされているだけなのに、自分にも可能性があるのかと、その気になってしまうから。  急に黙り込んだ設楽に、高柳が冷たく「そろそろ帰れよ」と告げる。その冷たい声に、少しだけほっとした。 「高柳は?」 「俺はユキを送ってくから、終わるまで待ってる」 「じゃあ俺も待つ!」 「お前はさっさと帰れよ。明日も学校あんだろ」  あんたらだって学校だろ!と、出かかった言葉を飲み込む。  高柳は作業を終わるのを待っている権利がある。  ……でも、俺は……。  ケンカ腰になってくる高柳と設楽の剣呑な雰囲気に、慌てて山中が間に入った。 「ごめんな、設楽。俺もう少しこれやっつけてくから、先帰ってて。それに平日は、またこないだみたいにひどい事しちゃったら怖いし。土日空いてる?土曜日、俺んちに来ない?土曜なら次の日ゆっくり休めるしさ」  その台詞に今度こそ赤くなる。  それって、そういうことだよな……? 「じゃあ土曜日は俺んちにしようぜ。ユキのとこじゃ3人だと狭いだろ」 「高柳は遠慮しろよ!」 「そういう訳にいくか!俺が見てないうちにすんのは、こないだで最後だ」  大人気なく独占欲を丸出しにして設楽にケンカを売ってくる高柳に、山中は呆れた顔をした。だが高柳は一歩も引く気はないようだ。 「俺の目を盗もうったって、そうはさせねーぞ!俺はお前に浮気相手を見繕ったつもりはないんだからな」 「また3Pするつもりかよ!」  設楽が赤くなって叫ぶと、ちらりと高柳が視線を寄越す。 「良かったくせに」 「ふ…ふざけんなよ!!」  確かにあの日、高柳に犯られている山中にシンクロして、悦がったのは本当だ。だが、山中に2人きりで抱かれたときの心の充足感は、例えようもないほどの歓びだった。 「お…俺は、先生と2人の方がずっと良かったんだから!」 「高柳…っ!お、俺も、3Pはちょっと……」  赤くなって高柳の肩をつかむ山中は、放課後の美術室で設楽を抱いた人物とは思えなかった。あの時の山中は欲望を隠しもせずに、大胆に振る舞ったというのに。高柳の前で恥じらうこの様子はどうだろう。   ……どちらが本当の先生なんだろうか……。 「とにかく、土曜は俺んちだからな。お前んちの狭いベットじゃ何にもできないだろ?」 「できるよ!」 「うるさいな。とにかく設楽、朝九時には迎えに行くから」  有無を言わさずにそう決めて、高柳は設楽を追い返した。

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