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保健室 ~山中先生と高柳~

 山中と高柳が初めて出会ったのは、中学の入学式だった。同じクラスですぐに意気投合して、2人はすぐに「親友」と周りが認める仲になった。初めて会った時から、山中は高柳に惹かれていた。高柳もそうだったのだろう。「親友」という心地良い枠の中に自分達を押し込めて、2人は互いに知られぬように、ゆっくりと幼い恋心を育んでいった。  ……筈なのに。  山中は今でこそ髪もぼさぼさでヨレヨレのジーパンなどを履いているが、中学時代は周りの女子なんかよりよっぽど綺麗な顔をして、明るくて活発で、学校中のアイドルだった。同じクラスの女子だけでなく、上級生や先生からも可愛がられていたが、山中はそれを鼻にかけることもなく、いつも周りに笑顔を振りまいていた。  そんな山中だったから、女子だけでなく、男子からも良からぬ想いを向けられることもあった。男子に告白されたり、冗談めいてセクハラされることもあったが、それでも山中はそれに気づいていないような顔をして、笑顔でやり過ごしていた。  下手に刺激するといじめにでも発展しそうで怖かった、というのもある。  しかし、山中が笑顔でかわしていたことが逆に(あだ)となったのか、1年も過ぎる頃には、段々のっぴきならない状況になっていった。まるで「誰が山中を物にできるか」と、ゲームのようにのめり込んでくる(やから)が出てきたのだ。  無理矢理放課後に数人の先輩に囲まれて、自分たちのオンナになれと言われたこともあった。放課後待ち伏せされてキスをされたり、体育館の舞台下収納庫に連れ込まれそうになったこともある。  できるだけ高柳が傍にいたが、いつも一緒にいられるとは限らない。高柳も山中のファンを自称する友人達に山中の周りに気を配って欲しいと頼み、何かあればすぐに駆けつけて山中を守ってきた。だから本当にひどいことになることはなかったが、しかしそういった心ない行為が、段々と山中のアイデンティティを崩壊させていったのは事実だ。  やった側にはゲームだったかもしれない。ゲームの中に本気が紛れ込んでいたのかもしれないが、された側にどれだけの傷を与えるかなど考えなかったろう。  山中は学校のアイドルと呼ばれながら、いじめのターゲットになっていたのと同じ事だった。それが好意でやっていることだと周りに思われていたから、余計にたちが悪い。  山中がそこまで追いつめられていることに気づいていたのは、高柳だけだった。  自分はれっきとした男なのに、周りはメスとしてしか見てくれない。そのくせ女子にはできないような真似を自分には平気で仕掛けてきて、俺を捌け口にしようとしているんだ。俺になら何をしても良いのか!!  2人きりになるとそう言って爆発する山中を、高柳はいつも慰め、一緒に憤り、自分のことのように心を痛めていた。山中にひどいことを平気でする奴に腹も立つし、山中を守りきれない自分にも腹が立つ。心がすり切れていったのは、山中だけではなかったのだ。  自分が高柳を好きだから、男達にそういう目で見られるてしまうのか。  自分がユキを好きだから、ユキが男達にそのように思われるように、扱ってしまうのか。  性癖に悩むより前に、2人はお互いの気持ちに追い込まれていった。  自分が異常だからいけないのか。自分が親友を親友以上に想ってしまっているから、こんな事になったのか。自分がいけないのか。自分が……自分が……。  2人はそうして、岩が波に浸食されるように、少しずつ少しずつ、一緒に壊れていった。    3年に級が進んだ時、山中は町で知らない男に声をかけられた。全く知らない男だった。学校内のことなら、ゲームの標的にされているだけだと思ってまだ心に折り合いをつけられる。だが学外の全く知らない男にまで、自分はそういう対象として見られたのだ。  男は山中の腕を掴み、人気のない所に連れて行こうとした。  その日は高柳と約束をしていて、いつもより早く待ち合わせ場所に着いてしまったのだ。時間通りに来た高柳は、いつも時間には正確な山中が15分待っても現れないことを(いぶか)しく思った。携帯にも出ないし、家に電話してもずいぶん前に出たと言われ、これはまずいと山中を捜し回った。幸い裏の路地ですぐに発見して事なきを得たが、精神の方はそれでは済まなかった。そこまでぎりぎりで抑えられていた、溜まりに溜まった物が爆発したのだ。 「どうせ俺はまともじゃないんだろ!?俺がおかしいから、みんなが俺をオンナ扱いするんだ!俺が……、俺がお前のこと好きだから!俺が変態だから!」 「何言って……!」  山中は、そう泣き喚いて、高柳を押し倒した。高柳は最初驚いて抵抗しようとしたが、あまりの山中の尋常でない様子に、大人しくされるままにした。高柳が抵抗しなかったからと言っても、それが相手を思いやることを放棄した、レイプだったことに変わりはない。  山中は、ずっと高柳が好きだった。でも、自分がメスとしてみられることがどれだけ辛いことか分かっているから、ずっと何も言えずにいたのだ。それでもその日、山中は狂ったように高柳を求め、ただ乱暴に体を繋いだ。  俺はメスじゃない。俺は男だって抱けるんだ。  そう何度も何度も繰り返しながら、山中は高柳に挑み続けた。  高柳も、それで山中の気が済むならそれで良いかと思い、痛む体を無理矢理抑えつけ、山中の好きにさせた。 「そうしたかったのは、俺の方だったんだ。俺も、ユキにそうしたいとずっと思ってた。俺がそういう目でユキを見てたのもきっといけなかったんだよ。だから、俺がユキにそうされるなら、それでも良いんじゃないかと思ったんだ」  後に高柳は、笹原にそう語った。

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