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再び保健室ー2

「高柳の方はさ、ユキの精神状態が分かってたから、それでも最初はずっとネコだったんだけど、やっぱり体壊してさ。もうこれ以上はさすがに無理って事になって。ユキもその頃にはさすがに落ち着いてきて、もう充分だから、自分がネコで良いって事になったらしいんだけど……。まぁ、ユキの方はネコで全然大丈夫な体だったしね」 「じゃあそれで全部丸く収まったんじゃないの?」 「それで丸く収まってたら、今頃3Pなんてしてないだろ?」 「あ、そうか…」  笹原はもう1本煙草を取り出すと、口の端に咥えて火を点けた。箱から口で咥えて煙草を取り出す仕草が、妙に色っぽい。 「しばらくはね、ユキがネコでうまくいってたんだけどさ。今度それが当たり前になってくると、どうしてもユキは俺はオンナじゃないって、昔のトラウマにやられちゃうらしいんだよね。当時まだタチだった俺に、頼むからやらせてくれってすごかったよ?」 「え!?先生としたの!?」 「したよ。しないとあいつ、マジでぶっ壊れそうだったし。高柳にはさすがに内緒にしたんだけど、暫くしたらばれて、大修羅場だよ」 「うわ…」  高柳の怒り狂ってる様子は、容易に想像がついた。自分で連れてきた俺にさえアレなのだ。目の届かない所でされるのをメチャクチャ嫌がっているのは、この頃の事があったからか。 「でもそれで又元鞘に戻ったと思ってると、今度は全く俺らの知らない奴引っかけるようになって、大変な騒ぎになってさ」  そこまで聞けば、もう笹原の言いたい事は分かる。つまりそれで、定期的に襲ってくるトラウマを払拭するために、山中に本気にならず、高柳の目の届く所で山中の相手をしてくれるガス抜きが必要だったという訳だ。 「俺が又暫く相手してたんだけど、俺今さ、ユキの兄貴と付き合ってんだよ。さすがにユキも自分の兄貴の彼氏に手を出すわけにもいかないじゃん?」 「え?そのノーマルの彼氏?」 「そう。ユキの相談してるうちに、何となくね」  大きく煙草を吐き出すと、笹原はもうそれ以上話をするのを止めてしまった。もうこの話はおしまいという事なのだろうか。 「え…、そんだけ?」 「ん?もっと何か要る?」 「いや…えと、つまり俺はどうしたら良いの?」 「は?そんなの君が自分で考えなよ」  俺は理由も分からず振り回されてる君を不憫に思って声を掛けただけ、と、ペロリとそれだけ言って、笹原は煙草を灰皿に押し込んだ。このまま帰ってしまいそうな笹原に、思わず設楽は「俺、先生に本気だよ」と引き留める。 「本気にならない奴が必要なら、俺を選んだのは間違いだよ」 「まぁ、それは高柳に言ってやんなよ。ただ、ユキは高柳と別れる気はないよ。未だに自分はオンナじゃねぇとか言いながら、それでもネコになってまで高柳と一緒にいるんだから、アレは期待してもダメだと思うよ?」 「でも、俺は先生と一緒にいたいよ。それに、俺がいなけりゃ先生は……」  設楽の台詞に、笹原は険しい顔をして、右の眉をぐっと引き寄せた。 「むしろ俺は、君や高柳がそうやってユキを甘やかすから、いつまでもユキが自分の中のトラウマ解消できないんじゃないのって思うけどね。こっちの世界、何かのきっかけでタチネコ逆転するのなんかザラだよ。年喰って自分にネコとしての魅力が無くなって、しょうがなくタチになる奴だっているってのに、贅沢な話だろ。俺だって本当はタチの方が良いけどさ。でも章嗣さんがネコどうしてもイヤだって言うから、章嗣さんと一緒にいるためなら俺がネコでも良いかって無理矢理納得してんだよ。そうやってみんなどっかで妥協したりすんだよ。ガキの頃イヤな思いしたのは分かるけど、何年経ってるのって話だろ。もういい加減どこかで納得しないと、お互い辛いだけじゃないのかと思うんだけどさぁ」  自分の中のもやもやを吐き出すように笹原は一気にそう捲し立てると、少しイライラしているのか、もう1度煙草を口に咥えた。医者のくせに結構なヘビースモーカーだ。保健室のベッドが脂臭いなんて、洒落にならないのに。 「まぁさ、君は変な責任とか同情とか、そういうの持たない方が良いよ。あんなバカのために君の青春を無駄に浪費する必要はどこにもないんだ。男相手でも女相手でも、良いなと思う奴がいたらさっさとユキの事忘れて、そっちに乗り換えた方が君のためだよ」 「でも」 「残酷なようだけど」  流れていく煙を目で追いかけながら、さすがに笹原も窓を開けた。外に視線をやりながら、振り向かずに続ける。 「残酷なようだけど、君がいなくなっても、ユキは困らないし傷つきもしない。君は、都合の良い道具にされてるだけなんだよ」  そんな事は分かってる。  そう言いたいのに、頭の奥を強く殴られたような衝撃を受けたのはどうしてだろう……。

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