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大竹先生のコーヒーー2

「……先生、彼女いる?」 「俺にそんな上等なモノがいるように見えるか」  自嘲気味に笑う大竹に、本当にいないのかと不審になる。  大竹が、自分の部屋で彼女にコーヒーを淹れる……。彼女に今飲みたいのはどんなコーヒーなのか尋ねながら。きっと大竹の部屋は、シックな家具がわずかに置いてある、シンプルな部屋に違いない。それとも、昔ながらの安アパートで、それでもきちんと片付いて、コーヒーの良い匂いが漂ったりしているのだろうか。  その想像は当たり前のように浮かんできて、心の中で綺麗にはまった。彼女がいないなんて、信じられるか。 「ねぇ、本当にいないの?」 「いねぇよ」 「じゃあ、彼氏なら?」  大竹がちょっと驚いたように片眉を上げたが、それを言った設楽も、自分の台詞に驚いた。 「そう来るか。いねぇよ」 「へぇ…」  口が悪くてぶっきらぼうだが、黙っていれば大竹は結構良い男だ。猫背気味だが背は180cm代後半だし、三白眼の目を半開きにしてるくせに目力があって、映画に出ててもおかしくないくらいには整った顔をしている。まぁ、映画だったら悪役だろうけど。悪の黒幕とか。マフィアの幹部とか。あ、良いな、それ。似合いそう。  でも大竹は、懐に入ってしまえば見た目を裏切って、優しい気遣いを見せてくれる。そのギャップに魅せられて、きっと大竹の彼女になる人は、1度大竹を好きになったら嫌いになるのは難しいだろう。大竹だって、高柳なんかとは違って、好きになった相手に真摯に向き合って、ずっと大切にしてくれるのではないか。 「なんか、勿体ないね」 「お前と違ってモテねぇんだよ。分かるだろ。イヤミか」  せめて大竹くらい、そういう素敵な恋愛をしてくれていたら良いのに。コーヒーは恋を忘れた男を恋に落とす魔法の飲み物だと言ったのは、大竹ではないか。  沸騰したお湯を少し冷まして、大竹がゆっくりとドリッパーにお湯を注ぐ。準備室の中に、香ばしい香りが広がった。  あのコーヒーみたいに、優しく丁寧に扱われてみたい。  ……多分、自分は少し疲れているのだ。 「何?高柳にでも振られたのか?」 「誰があんなクソジジィ」 「はは、そりゃ失礼」  ポトリポトリとドリップされていくコーヒーを見ていると、心の中が静かになっていく。苛ついてもやもやした気持ちが、少しだけほぐれていったような気がした。  きっと高柳も、どうして良いのか分からないんだ。高柳だって、本当は他人を引き込みたくなんてなかったんだろう。自分で俺を引き込んだくせに、俺に対してあんなに敵愾心(てきがいしん)を見せて、まるで嫉妬していると思う時もある。それでも高柳は、そうせざるを得ないのだ。  でも、それが笹原の言う通り、先生をスポイルしているのだとしたら……。 「ん、コーヒー入ったぞ」 「あっ」  慌てて顔を上げる。自分はずっと、同じ事ばかり考えている。 「ブラックで良いのか。苦かったら、砂糖とミルクもあるぞ」 「飲んでから決めます」 「良い答えだ」  大竹が淹れた濃い目のコーヒーを口に含む。口の中にまず苦みが広がり、それから爽やかな酸味と、香ばしさが広がった。 「苦い」 「お前がそう言ったからな」 「でもおいしい」 「そりゃ良かったな」  2人で並んで、ただコーヒーを飲む。  さっきあんな突拍子もない事を訊いたのに、大竹は何も訊き返してこない。ぶっきらぼうで口は悪いけど、優しい人だ。  暫くコーヒーを飲んでから、「やっぱ少しミルク入れて良い?」と訊くと、「入れたきゃ入れりゃ良いだろ」と、ポーションのクリームを放ってくれた。 「飲んだら硫酸銅やっつけろよ」 「うん」  頭を切り換えなければ。大竹の淹れてくれたコーヒーが舌を心地よく刺激して、そのフレーバーに意識を集中する。何となく、心が軽くなった気がした。 「ありがとう、先生。ごちそうさま」 「おう、しっかりやれ」  決して手伝おうかと言ってこない大竹に少しだけ感謝して、設楽は準備室を後にした。

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