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文化祭
学内はものすごい人の山だった。藤光 学園の学祭は招待状を持っていないと入れないことになっているのに、よくもこんなに客が入るものだ。
設楽は自分のクラスの射的屋の当番を終わらせると、すぐに化学室に向かった。みんな、自分のクラスと掛け持ちをしているのだ。弱小化学部員にゆっくりしている時間はない。
「お、設楽、来た?じゃ、俺いっぺん教室戻るわ!」
設楽が化学室に入ると、同じ一年生部員の佐藤が入れ違いに慌てて出て行った。
化学室の駄菓子屋は結構繁盛していた。もちろん目玉はカルメ焼きだが、そのほかにも昔ながらの駄菓子の販売やヨーヨー吊り、それにお化け煙の実演もあって、毎年子供達には受けが良いのだ。
「……つーか、誰も展示見てくんねーし」
「そんな事ねーよ。女子結構見てるよ。やっぱ綺麗って言ってさ」
がっかりしている設楽に、一緒に店番をしている2年の小林が慌てて慰めにかかる。設楽がこの実験にかかりっきりで頑張ってきたのは、化学部の誰もが認めるところなのだ。
「でも女子じゃ来年の部員獲得には繋がんないっすよね」
「ばっかお前!そこゲットしようよ!女子大事だろ!憧れの女子部員獲得のために、笑顔のひとつも振りまけよ!お前結構イケメンなんだから、女子釣れんだろ?」
「いや……そんなイケメンでもないし……」
今更、女子が釣れても嬉しくない。俺、やっぱりそっちの人だったんだなーと、結晶の入った広口瓶を見ながら、妙に納得する。
あの翌日作り直した硫酸銅は、思ったよりも綺麗に大きく結晶化した。
『でもできあがった結晶は手で触ると溶けて崩れるから、ただ眺めているしかなくて、その切なさが良いんだ』
その意味が、少しだけ分かったような気がした。
「あ、結構はやってるね」
明るい声と共に山中が入ってきた。今ちょうど山中のことを考えていたところだったので、なんだか妙にドキっとした。
「設楽、見に来たよ。やっぱり一同に並ぶと綺麗だなぁ」
山中はパネルにさっと目を通すと、結晶の実物をゆっくりと眺めていった。
なんだか、奇妙な気持ちがした。
あの結晶は先生のために作ったのだ。だからあの結晶は、俺の先生への気持ちが形になったものなのではないか。それを先生が、ゆっくりと潤んだ目で見つめている……。
「良いなぁ。結晶ってやっぱり綺麗だなぁ……。この硫酸銅?なんて、青くてすごい綺麗だ」
「でも硫酸銅は、日に当てると退色して、青くなくなっちゃうんだ」
「そうなの?」
驚いたような顔をして、山中が硫酸銅の結晶をしげしげと眺めた。
「勿体ないなぁ……。な、どうしてこの結晶って触っちゃいけないんだっけ。薬品だから危ないの?」
「そんなことないよ。ミョウバンは料理で使うものだし、硫酸銅だってそんなに危ないものじゃないし。ただ、表面が溶けて濁って汚くなっちゃうんだ」
「そっか……。ほんと、勿体ないなぁ……。鉱石と見た目ちっとも変わらないのに。色だってとっても綺麗だし」
残念そうに山中が言うと、小林が「樹脂かニス塗っちゃえば、普通に触れますよ?」と口を挟んだ。
「樹脂かぁ…」
山中はじっと結晶を見ていたが、少し寂しそうに「それじゃ、紛い物と変わらなくなっちゃうよ」と笑った。
なんだか、胸がズキリとした。
自分の気持ちを言われた訳じゃないのに、その台詞は自分の山中に対する気持ちを言われたような気がした。
紛い物なんかじゃない。
俺の気持ちは、紛い物なんかじゃない。
結晶を見つめる山中に、設楽は叫び出したくなる気持ちを抑えるのが精一杯だった。
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