60 / 111

カフェオレ

「おい、今週末でも平気か?」  大竹がぼそりと呟いた。  化学部に顔を出す前に準備室に寄ると、大竹は当たり前のようにコーヒーを淹れてくれた。  他の部員達は「よく大竹先生と2人で話すことあるなぁ」と驚くが、「コーヒーが旨いから」と言うと、皆納得したようだった。それでも準備室の方を気にしながら、「いくらコーヒーが旨くっても、大竹先生と2人きりじゃ、息がつまりそうだけどなぁ」と眉を顰められたのだが。  今日のコーヒーはカフェオレだった。ミルクがまったりと濃くて、砂糖を入れていないのに、甘い。 「今週末って、山梨連れてってくれるの?」 「ああ、先方からOKが出た」 「やった!」  設楽が素直に喜びを表すと、大竹は目元を微かに和らげた。 「場所は塩山の辺りだが、詳細は秘密です。お前はウェアとシュラフだけ持ってくりゃ良いよ。食料その他の装備は俺が用意する。まぁ、山用装備だから、あんま期待はすんな」 「了解。あ、でも俺も背負えるように、荷物分けといてよ?出発の前にパッキングするから」  自分が登山好きな家に生まれて良かった。多分、大竹に迷惑をかけることはあまりないだろう。  そこまで考えて、設楽は急に思いついた。  あるだろう。自分が大竹に迷惑をかけるようなことが。  いや、迷惑をかけるというか、迷惑そのものというか……。 「先生、一匹狼派でしょ?俺一緒でうるさかったらごめん」  その台詞に、大竹は少しだけ目を見開いた。どうやら設楽の台詞が意外だったらしい。 「別に、一匹狼気取ってるつもりはない。迷惑なら誘わねぇよ」  ぶっきらぼうだが、棘はない。  多分大竹は、この間の怪我のことを気にしてくれているのだ。  こないだも、自分と高柳の間に何かあったのかと訊かれた。もちろん本当のことは言えないし、言わなかったけど、自分と高柳の間のぎすぎすした雰囲気は伝わっているのだろう。大竹がそれを気にして自分を気遣ってくれているのが、伝わってくる。  大竹はキャンプについて簡単な説明だけ済ますと、後は設楽の事は気にせずに、書類をめくり始めた。  大竹が「迷惑なら誘わない」と言ってくれるのなら、きっと本当にそうなのだろう。こうして2人でコーヒーを飲む時間が、それが嘘ではないと教えてくれる。  軽口を叩くこともあるが、向かい合っていても、2人の間にそれほど会話があるわけではない。だが大竹との間の沈黙には、全く気まずさを感じた事は無かった。  「迷惑ではなかった」という気持ちで終わるキャンプにはしたくない。大竹が「設楽を連れて行って良かった」と思えるようなキャンプにしなければ。  キラキラと結晶の光る川岸というのを思い浮かべて、設楽ははやる気持ちを抑えた。

ともだちにシェアしよう!